著:芳沢光雄
この本はタイトルからのイメージとは少し違った。日本の数学教育の問題点について述べた本であることはすぐわかるが、点数的な学力そのものについて焦点を当てて問題視しているわけではないからだ。
この本が指摘している「日本の数学教育の致命的欠陥」は何かというと、なぜそうなのかという理解をおざなりにして解き方の公式を丸暗記させる日本の数学教育である。
今の時代は、単に計算させるだけならコンピュータを使えば済むし、AIがこれから社会に浸透していけば覚えて単純作業をするという仕事の重要性は下がる。論理的に考え理解し展開する力を育むことこそが重要になる、というのが著者の主張である。
だから、著者は、「理解が遅いのは悪いことではない」と述べ、天才にはそれに見合った教育をする一方で、「理解の遅い子どもにも、それに見合った教育をしてあげることが大切だと考える」としている。
本書では、子供時代に「は・じ・き」と「く・も・わ」と呼ばれる(速さx時間=距離)と(元にする量x割合=比べられる量)に関する公式を覚えて使うことを重視して教育を受けてきた学生たちが、大学生になって理解不足から奇妙な間違いを犯す例を挙げながら、数学を公式の暗記で置き換えてきた日本の数学教育の問題点を、いろいろな算数問題を例に出しながら指摘してゆく。
また、プロセスを評価できず、答えがあっていればそれでよしになってしまうマークシート試験の問題点についてもページを割いている。
日本の子供たちには数学嫌いが多いことが2015年度のTIMSSの調査で明らかになっている。静岡の小学校を訪れたときの校長先生の話と、「知識を記憶して再現することしか学んでいない生徒は、将来の労働市場で通用しないだろう」と2007年に来日したグリアOECD事務総長の発言を引用しながら、試行錯誤して考えることの重要性について説いている部分もある。
また、数学が苦手な人が必ずしも数学を理解したくないわけではないことも、著者の出張授業のアンケートの回答から説明している。重要なのは理解であり、それはそれぞれの理解度に合わせればよく、そのためには習熟度別に教室を分けるのは当然であって、それを表面的な平等主義で否定するのはよくない、としている。
著者は桜美林大学を中心に、各地で算数・数学に関する講義を行ってきた経験を持つ。
全体的には、結局、最初から最後まで繰り返し同じことを言っているので、冗長な気がしなくもない。ただ、いくつも出されている例題から、算数・数学で理解するということはどういうことか体験しながら、同時に実際に現場の体験授業や大学の授業で教えてきた体験をいくつも紹介しながら書かれているので、具体的な裏付けがあり、一定の説得力がある。
新書、232ページ、光文社、2019/4/16