密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

世界に通用する本当の交渉力とは?「交渉プロフェッショナル 国際調停の修羅場から」

著:島田 久仁彦

 

「さまざまな合意のなかでも、結局長続きするのは、当事者同士が納得している合意だけです。いくら力で押さえつけても、その下に不満がくすぶっていれば、争いはいつか必ず再燃します。どんな交渉でも、表面の勝ちばかりを追っていると、その場はよくてもいつか必ずしっぺ返しがきます」。

 

「大事なことは、互いに『一緒に結果を導き出した』という達成感を共有することです。そのためには、一にも二にも、信頼関係の醸成と構築が重要です」。


国際会議では世界を変えるような決定がされるが、その多くは世界的に活躍している交渉官や調停官の水面下の働きによって方向付けされているという。このような人達の活動は表には出にくいが、著者はコソボ紛争問題の解決をはじめ国連でキャリアを積み重ね、他国の交渉官として雇われたり、COP10では日本政府を代弁する立場として厳しい交渉の矢面に立つなどの経験をしてきた。本書は、書いてもいい限定的な範囲ながら、ユーゴのミロシェビッチ元大統領、著者のメンターでありイラクで死去する前は次期国連事務総長が確実視されていたセルジオ・デメロ氏、コヒー・アナン元国連事務総長などのエピソードを交え、国際的な交渉を担うプロフェッショナルに必要な真のスキルについて語ったものである。

「戦わないこと」「勝つことを目標にしないこと」。交渉の極意は、これだと著者は断言する。しかし、それは安易に譲歩することを意味するのではない。重要なのは交渉相手と共に結論を出すことである。「私は防弾チョッキを着てくる交渉相手を絶対に信用しません」というような話もある。

相手に話させて、相手の意見をオウム返しにしながら、徐々に自分の意見をまぜてゆく。情報を紙1枚にまとめて30秒で説明する(エレベータープレゼン)。態度はあくまでも謙虚にしながら権威を感じさせる工夫をすること。努めて低い声で、ゆっくり喋ること。相手の心情を汲み取って、納得のいく案に落とし込むこと。事前調査が重要。アイス・ブレーク。相手が過剰に喋っているときは、沈黙を上手く使う。時には、キーパーソンの個人的な情報を使う。欧米流の物事の受け止め方を理解しておく。自分が背負っている利益の実現に完全に徹すること。最初から完全無欠な案を提示しない。「交渉官+専門家」のセットで交渉にのぞむ。フットワークの軽さが命。自分のスタイルをきちんと理解する。ウソはつかない。「飲みにケーション」は国際的にも通用する。

意外だったのは、日本の交渉力は、けして劣っているわけではないということ。日本型のスタイルは相手に寄り添いやすいので好感を持たれるし、よくいわれる顔が見えないことは、スタンドプレーに走らないという点で国際的には評価されてさえいるという。実際問題としてグループ交渉の現場では相手から顔が見える人は2人くらいにして、あとはチームプレーに徹する方が良く、日本はきちんとそれができる。日本人であることはそれだけで強みになっており、「巷で言われるように欧米化する必要など、絶対にありません」と断言している。にもかかわらず、日本のマスコミで日本の国際交渉ベタが言われるのは、交渉団への権限委譲が不十分なことと、マスコミを通じて伝える力が不足しているからだという。

具体的な経験という裏づけがあるので納得感があり、読みやすく、リアルで、啓示に富んだ本だった。

 

新書、208ページ、NHK出版、2013/10/8

 

交渉プロフェッショナル 国際調停の修羅場から (NHK出版新書)