著:河合 隼雄
2007年に他界した高名な河合隼雄氏のエッセイ。元々連載ものだったようで、4ページ程度のものが55章分で構成されている。
執筆家として有名な人だけあって、落ち着いてこなれた文体で読みやすい。しかし、本書の魅力はそれだけではない。もっとも優れている点は、臨床心理学者としての知見と経験に基づき、ちょっと違う視点から世間や人や世界を見つめることの大切さを読者に気づかせてくれるところにある。例として、いくつか拾ってみる。
「人の心など、わかるはずがない」
「100%正しい忠告は、まず役に立たない」
「日本人の特徴を述べても、それはどこかで人間全体の普遍的なものにつながるものとして、他の国の人々にも通じるように話さねばならない。特にそれを日本語ではなく、他の国の言葉で語れることが必要である」
「ものごとは、努力によって解決しない」
「自立といっても、それは依存のないことを意味しない...(中略)...むしろ、必要な依存が自立を助ける」
「マジメな人は住んでいる世界を狭く限定して、そのなかでマジメにやっているので、相手の世界にまで心を開いて対話してゆく余裕がないのである」
「人間理解は命がけの仕事である」
「『耐える』だけが精神力ではない」
「真実は劇薬なので、使い方を間違うと大変なことが起こる」
「二人で生きている人は、一人でも生きられる強さを前提にして、二人で生きてゆくことが必要である」
「家族のことは大変な仕事で、ひょっとすると、現在においては、職業や社会的な仕事を上回るほどの大事業ではないかとさえ思っている」
「各自は己の器量と相談しながら、自分の生き方を創造してゆくより仕方ない」
ひとつひとつは読みきりになっていて、どこから読み始めてもいい。思わず線を引きたくなる知恵が包まれた、心にとどくエッセイである。
文庫、241ページ、新潮社、1998/5/28