密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

図説 イスラム教の歴史 (ふくろうの本)

著:菊地達也、大渕久志、矢口直英、平野貴大、相樂悠太、堀井聡江、西野正巳

 

 この本の「はじめに」に書かれているように、イスラム教は世俗に屈して形式や精神だけが中心になってしまった宗教ではない。今なお状況に応じて変化して「生き続けている」宗教である。だから、それが生活や政治に強い影響を及ぼしたり、極端な場合には、アルカイダやIS(イスラム国)のような形で現れることもある。

 

 イスラム教の歴史を現代にいたるまで解説した本である。7人の著者が章ことに手分けして執筆している。かならずしも時系列にはなっていない。

 

 コーランは610~632年までの間にムハンマドに断続的に下った啓示をその死後にまとめたとされる。よりアラビア語の原点に忠実な「クルアーン」(詠まれるもの)と表されることもあって、黙読ではなく声に出して読むことを要求する啓典になっている。コーランと呼びうるものは神が語った言葉とされるアラビア語の原典のみだが、翻訳が禁止されているわけではなく、翻訳されたものは解説書であってコーランそのものではないという位置づけになる。コーランは114章に分かれているが、中身の順番は時系列ではなく、意味がわかりにくい箇所や他の章と矛盾しているようにとれる部分もあるため、古くからアラビア語諸学やコーラン解釈学が発展し、注釈書が書かれた。9世紀にはハーディス学と呼ばれる預言者伝承学が成立している。

  

 イスラム教は、ムハンマドの死後、政治と宗教思想の問題を中心に、政治勢力、宗派、学派が分派する歴史をたどる。アブー・バクル(634年没)とその後の3人のカリフが支配した時代にはイスラム共同体もシリア・エジプト・イラク・イランと広がったので正統カリフ時代と呼ばれて理想化されている。宗派としては、ハワージュ派が生まれ、2番目にシーア派が登場している。751年に唐軍に勝利したタラス河畔での戦いをきっかけに中国から製紙法が伝わり、アッパース朝期にイスラム教の諸学は発展して、「ウラマー」と呼ばれる学者層が出現する。イスラム教神授の権威を借りた支配を求めていたアマムーンによる庇護もありイスラム神学は発展する。11世紀にはスンナ派が形成される。

 

 イスラムの科学はギリシャ文明の占星術錬金術や哲学などの文系が翻訳されることで大いに発展する。イスラム教では太陰歴を利用し、ラマダーンをはじめ多くの行事が暦に基づいて定められる上に、1日の中のお祈りの時間も定めていることから、天文学が発達した。われわれが現在利用している数字も、アラビア数字である。意外に重要なのが光学で、モスクをきれいに見せる論理的な研究のために発達した。

 

 シーア派イスラム人口の1~2割程度だが、イスラムの大国イランがシーア派であり、イスラムの2大勢力を形成している。セルジューク朝の襲来、モンゴルの襲来で打撃を受けたが、イル・ハーン朝の7代目がスンナ派になり、8代目が離婚のごたこたの宗教的判定をめぐってシーア派に改宗した。サファヴィー朝でイランはシーア派化が進む。1979年のイランイスラム革命では、法学者の統治が実現した。

 イスラム法(シャーリア)や、スーフィズムと呼ばれるイスラムの禁欲主義、サラフ主義(サラフィー主義)についても、詳しい解説がある。

 

 全体的には、ちょっと読みづらい本だった。その理由としては、まず、イスラム圏といっても広大であり、それぞれの地域で多層的に思想が発展してきていることがあげられる。また、著者たちが、読者に対して、なるべくその重層的・多層的な側面に触れて欲しいという狙いで編集されていることもあるように思う。加えて、複数の著者によって書かれているので、粒度や書きぶりに違いがある。ただ、イスラム教の歴史を理解するには悪くない。

 

目次

第1章 イスラム教とコーラン
第2章 初期イスラム史とスンナ派の成立
第3章 ギリシア文明との出会い
第4章 シーア派とイラン
第5章 スーフィズム民間信仰
第6章 イスラム法と西洋化の時代
第7章 サラフ主義と「イスラム国」

 

単行本、128ページ、河出書房新社、2017/11/25

 

図説 イスラム教の歴史 (ふくろうの本)

図説 イスラム教の歴史 (ふくろうの本)

  • 作者: 菊地達也
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2017/11/25
  • メディア: 単行本