密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

異端の統計学 ベイズ

著:シャロン・バーチュ マグレイン、訳:冨永 星

 自動翻訳、音声認識、金融取引、スパムメール退治、天文学、遺伝子工学、テロ対策、ロボット工学、人工知能、海洋生物調査、レコメンド・フィルター、医学研究、軍事、Eコマース、神経生理学、暗号解読、他。特に21世紀に入って、様々な分野で爆発的に利用されているベイズ理論が、これまでに歩んできた歴史について紹介している本。ペーパーバックだが、かなり重厚な内容で、索引も入れると500ページを超える。

 その誕生は結構古い。確率論がまだ十分に発展していなかった1740年代にまでさかのぼる。生みの親のトーマス・ベイズは聖職者。逆確率問題への思考を行い、「当初の考え(事前確率)X最近得られた客観的なデータに基づく仮説の確率(尤度)=更新されたより正確な考え(事後確率)」とする。しかし、これはその後150年にわたる誤解と攻撃のスタートになる。

 数学者ラプラスが果たした役割がとても大きかったことについても、丸々1章を割いて詳しく説明している。ラプラスは最初独自に原因の確率の理論を考え、その後にベイズの理論を知った。そして、今日ベイズの法則と呼ばれる一般形はラプラスが定式化したものだという。しかし、ラプラスの死後、この理論への激しい批判が巻き起こる。著者は、この批判者たちと数少ない支持者たちの言動にも多くのページを割り当てている。

 ベイズ理論がチャンスをつかんだのは第二次世界大戦。ドイツ軍の暗号エニグマの解読だった。アラン・チューリングの研究と成果。Uボートの探索にも使われる。しかし、この秘密がソ連に伝わることを恐れたチャーチルによって、これらに貢献した学者たちの業績は秘匿される。そして、頻度主義が確率論の主役となる中で、ベイズ理論はまたしても片隅に追いやられる。

 しかし、アメリカの保険数理士たちは、学術論争とは無縁に、実務上役立つからという理由で事実上ベイズ理論を使っていた。そして今度はそれがアカディミズムの世界に広がってゆく。ベイズ理論を再生に導いた3人(ジャック・グッド、レオナード・ジミー・サヴェッジ、デニス。V。リンドレー)の業績。喫煙と肺がんの関係性の特定。冷戦下のリスクの計算。ベイズ理論は多様化し、ベイズ派は増え、それが新たな論争を呼ぶが、徐々にベイズ理論は活躍の場を広げ、市民権を得てゆく。

 フェデラリスト・ペーパーズ。原発事故の予知。スペースシャトル失敗の確率。事故で失われた核兵器の発見。潜水艦の発見や追尾。コンピュータの時代に入ってもベイズ理論の受難は続いたが、公衆衛生や社会学や疫学や画像復元において、頻度主義だけではうまく対応できないものにおいてコンピュータでベイズ理論を試す動きが広がってゆく。数値積分法。マルコフ連鎖モンテカルロ法の衝撃。ベイズの手法はソフトウェア化され多分野で利用されてゆく。

 ベイズやラプラスが極めて不確かな状況に数学的推論を応用する方法を見つけて約250年。コンピュータとインターネットの進歩によってベイズ統計学は今や欠かせないツールとなっている。機械学習にも応用され、人間の脳もベイズ的に機能しているという説明もある。

 基本的に歴史を扱った本である。ベイズ理論の苦難の歩みをたどりながら、この理論がどう理解され、どこに使われ、どの分野でどのような成果を上げ、認められてきたかについて知ることができる本である。詳細な理論解説の本ではない。

 

単行本、510ページ、草思社、2013/10/23

 

異端の統計学 ベイズ

異端の統計学 ベイズ

  • 作者: シャロン・バーチュマグレイン,Sharon Bertsch McGrayne,冨永星
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2013/10/23
  • メディア: 単行本