著:木下 長宏
「学問的な分析はその精細な調査にまなぶことは多く、尊敬するが、いつのまにか、ミケランジェロを『学問』という枠の中に閉じ込めてしまっている。ミケランジェロは、いつもそういう枠からはみ出ようとしている、一つ一つの作品と向かい合って、考え、自分の経験を少しずつ豊かにしながら言葉を探し綴っていくこと。どんなに拙くても、その姿勢を崩したら、ミケランジェロを裏切ってしまうことになるだろう」。
ルネッサンス期のイタリアの芸術家、ミケランジェロ(1475-1564)についての本。その生涯と芸術について、様々な研究成果や証言を順に列挙して構成してゆくというのではなく、著者の主観や解釈が前面に出た、多少力のこもった内容になっている。
最初の部分の、レオナルド・ダヴィンチとの比較が興味深い。著者によると、レオナルドは「コスモスケープ」の人で、ミケランジェロは「カオスケープ」の芸術家だといい、例えば、以下のような違いがあると述べている(以下、L:レオナルド、M:ミケランジェロ)。
・終末観
L:大洪水によって、自然界は破局を迎える。
M:「最後の審判」によって、この世は終わる。
・遠近法
L:一点透視図法、空気遠近法
M:構築的、浮彫式、短縮法
・解剖学
L:分析的
M:構造的
・明暗法
L:光源固定
M:光源不足
ミケランジェロについての解説は、若いころからの作品を中心にして行われている。「バチカンのピエタ」、「ダヴィデ」、「天地創造」、「モーセ」、「最後の審判」、「メディチ家礼拝堂」、「ユリウス廟」、「サン・ピエトロ大聖堂」、他。詩についても取り上げている。
1 939年生まれの著者は、十代後半にミケランジェロに強く魅せられ、その凄さは容易に言葉にしようがないと、書くことを封印してきたという。そういう積年の想いが行間から滲み出てくるように伝わってくる。それゆえに、ありきたりなガイドにはなっていないし、逆に、著者個人の見方がところどころ色濃く出ている点に対して、多少好き嫌いが分かれるかもしれない。
新書なので小ぶりで白黒印刷だが、最初の8ページのみカラーになっていて、システィーナ礼拝堂の天井画などの写真が載っている。巻末には略年表が付いている。
尚、この本は近い時期に出版された「神のごときミケランジェロ」(著:池上英洋)と並行して読んだ。著者の積年の想いが色濃く出たこちらの方も面白いが、入門用としてはカラー写真が豊富な「神のごときミケランジェロ」の方が適している。
新書、267ページ、中央公論新社、2013/9/21
coldsnapbookworms.hatenablog.jp
coldsnapbookworms.hatenablog.jp