著:池上 英洋
「お金持ちにはなった、でもいつも貧しく生きてきた」(コンディヴィの残したミケランジェロの言葉)。
「私にはとんでもない妻がいる。芸術というやつで、いつも私を苦しめる」(ヴァザリー「列伝」より)。
西洋美術史の巨星、ミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564)についての本。著者はイタリアの美術を中心に何冊も著作を出している西洋美術史家。作品のカラー写真が多く掲載されている。本書のタイトルは、同時代に生きたヴァザリーの遺した言葉を引用して付けられているようだ。
没落貴族の家に生まれ、父の反対を押し切って芸術家の道を歩む。最初に入った工房は1年だけだが、サン・マルコ修道院にある彫刻コレクション庭園に自由に出入りできるようになり、古代彫刻とともに初期ルネサンスの作品から多くを学ぶ。フランス軍の侵攻によってフィレンツェを脱出したときにはボローニャでも学ぶ。
そして、フィレンツェに戻って古代彫刻に見せかけて売られた「眠れるクピト」。詐欺はわかってしまうが、かえって枢機卿がこの作者に興味を抱いたことから、道が開ける。誰もが一度は写真やレプリカで目にしたことのある有名な彫刻「ダヴィデ」像で、さらにスターダムにのし上がる。
卓越した彫刻家であり、建築家であり、画家でもあり、未完も含めて多くの作品を遺すことになる。詩人としての才もあった。
絵については、自分の本分ではないと逃げ回っていたようだ。しかし、彫刻家にとってデッサンこそ基本だと信じていたミケランジェロは絵も上手かった。教皇ユリウス2世の命を断りきれず、大作「システィーナ礼拝堂の天井画」を仕上げるし、「最後の審判」は、没後も激しい論議を呼んだ。
「ミケランジェロは画家としても彫刻家としても偉大だが、特に建築家としては神のようだ」と讃えられる。メディチ家礼拝堂、ファルネーゼ宮、カンピドーリオ広場、サン・ピエトロ大聖堂。
レオナルド・ダヴィンチとは23歳差だったが、ミケランジェロは若くしてデビューしたので両者は活躍した時期が重なる。美男で優雅なレオナルドと武骨で怒りっぽいと知られる両者には若干の対立もあったようだ。
ミケランジェリは同性愛者で生涯結婚せず、平均寿命が50歳に満たない時代に88歳まで生きる。「ほんの数人を除き、誰ともつきあわなかったほど仕事に没頭した。そのために人から高慢にみられ、変人だと思われていた」という証言も残されているが、金銭の記録はきちんと残し、兄弟や親戚の経済的な面倒も見続けたという。
簡潔かつ的確に、この偉大な芸術家の生涯を紹介している。巻末には、略年表、フィレンツェなどでミケランジェロ作品のある場所の略地図、参考文献一覧が載っている。
尚、中公新書の「ミケランジェロ」(著:木下長宏)と並行して読んだ。著者の積年の想いが色濃く出たそちらの方もそれなりの面白さはあるが、入門用としてはこちらの方が好適である。こちらの方が少しお高いが、サイズの違いやカラー写真が豊富なことを考慮すると妥当な範囲の差である。
ムック、128ページ、新潮社、2013/7/30
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