密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー (中公新書)

著:立山良司

概要

アメリカに住むユダヤ人の数はイスラエルの人口よりも多い。イスラエルとアメリカの結びつきは強いが、それはユダヤ系アメリカ人が多く、イスラエルの国益のためにアメリカの外交政策等にロビー団体として強い働きかけを行うことができるからだ。アメリカのユダヤ人社会は強い結束と豊富な資金により、政府や世論に対して絶大な影響力を見せてきた。時には中東のガザ地区の紛争のように、アメリカの外交方針だけでなく、経済や大統領選をも左右できる。本書はそのようなアメリカのユダヤ社会についてまとめた本である。

ユダヤ人の定義とアメリカにおけるユダヤ人

ユダヤ人の定義は宗派や個人によって違っており、その境界はあいまいな部分があるようだ。シュタインハーツ社会研究所の推計ではアメリカ人のうち681万人がユダヤ人、ピュー・リサーチ・研究所では狭義の定義で710万人、ユダヤ教以外を信じている人などの緩やかな条件にすれば900万人近くがユダヤ人だという。イスラエルの人口は625万人なので、アメリカに住んでいるユダヤ人の人口はイスラエルの人口を上回っていることになる。

アメリカにおけるユダヤ人の学歴と経済力

アメリカに住むユダヤ人は富裕層の割合が高い。年間所得が10万ドル以上の人は42%いてアメリカ人全体の18%を大きく上回っている。教育程度も高い。ユダヤ人は58%が大卒で大学院修了者は28%であり、これもアメリカ人全体の大卒29%と大学院修了10%の数字を大きく上回っている。基本はリベラルで民主党支持者が多い。そして、動員力、資金力、選挙時の投票率の高さ、豊富な人材と人脈。これらが、アメリカのユダヤ人パワーの源泉であるらしい。

ユダヤ人ロビー団体

AIPAC(米国イスラエル公共問題委員会)はアメリカの全ロビー団体の中で2番目に大きな影響力を持つとされる。アメリカのユダヤ人のほとんどは、当然、イスラエルの支持層である。マスコミにもユダヤ人は多い。そして、このユダヤ人たちは、アメリカの世論形成や政治的なパワーに対していろいろな影響力を行使してきた。アメリカはイスラエルに対して広範な協力と援助を行い、事実上、核兵器の保有も容認してきた。

近年の変化

しかし、そのようなアメリカのユダヤ人社会だが、最近は変化が見える。「Jストリート」と呼ばれるAIPACより穏当な考えを持つロビー団体が台頭。右傾化を強めるイスラエルの強硬な姿勢に対して、強く批判するようになった。米国社会の党派的な二極化の影響も背景にあるようだ。一方、キリスト教団の中にもエバンジェリカル(福音派)のようなイスラエルを強く支持する団体がある。若年層ではイスラエルに否定的な声が聞こえるようになり、従来のような一枚岩ではなくなりつつある。

 

2015年のアメリカとイランの核合意問題は、これに反対してきたアメリカのユダヤ人団体の限界と多様性が進む現状を示す結果となった。若いユダヤ系にはイスラエル離れの傾向すら見られるという。イスラエルとの関係においてはアメリカの国益を優先すべきという考え方も台頭している。そもそも、アメリカは「唯一の超大国」ではなくなりつつあるという事情もある。

まとめ

こつこつ堅実かつ真面目に書かれた本で、なかなか詳しい。アメリカにおけるユダヤ人の影響力の大きさをより具体的な形で理解するとともに、いまやユダヤ人社会のイデオロギーはかつてより多様化し揺れ動いているということもよく分かった。

 

中央公論新社 、2016/6/21、245ページ