著:瀬谷ルミ子
「日本が言うから、信頼して武器を差し出すんだ。アフガニスタンの民を無差別に空爆しているアメリカやイギリスに言われたら、撃ち殺してやる」(武装解除の説得に応じたアフガニスタンの兵士)。
ボスニア・ヘルツェゴビナ、ルワンダ、シエラレオネ、アフガニスタン、ソマリア、他。世界第一級の紛争地帯のオンパレードである。
高校三年生のときにたまたま目にしたルワンダの難民キャンプの写真がきっかけで、その後若くして世界に飛び出し世界を駆け巡って、略してDDRと呼ばれる武装解除(Disarmament)、動員解除(Demobilization)、社会復帰(Reintegration)の専門家となった女性が、自らの貴重な経験を綴った本。
互いに殺し合い憎みあってきた紛争地帯の人々にとって、「和解」という言葉は我々の想像以上に重い。日本であれば犯罪で殺された被害者家族が加害者と握手するようなもので、外部の人間が軽々しく口に出すべきではない想像できないような重さと葛藤がある。だから、そのような紛争地帯の過酷な現実を見てきた著者は、あえて次のように説く。
「皆が手を取り合って仲良しでなくても、殺し合わずに共存できている状態であれば、それもひとつの『平和』の形であり得る」。
ただ祈っていても平和は来ない。武器を捨てさせることも簡単なことではなく、根気強いタフな交渉と、どのようにすれば説得できるかという事前の調査及び作戦が必要だ。だから、「できないことは絶対に約束してはいけないし、期待を持たせてはならない」という。
和平を実現するためのやむを得ない手段として、紛争中の戦争犯罪を追及しないという残酷なトレードオフを認めなければならない場合も現実にある。せっかく武装解除が成立した空白地域を狙ってアルカイダが進出してくることもあるようだ。
紛争地帯でもっとも犠牲になりやすいのは、子供と女性だ。「子ども兵士」は、大人に抵抗する力がなく、洗脳しやすく、敵に警戒されにくく、身軽で目立たないからスパイや運び屋にも適しており、多くの国に存在する。こういった、紛争地帯のあまりに過酷で厳しい世界で苦しむ子供たちの現実を目にして、著者は次のように心情を吐露している。
「両親を殺され孤児になった子どもと、三十人を殺した子ども。手を差し伸べられるべきなのは、どちらだろう?」
子供や女性は虐待の対象にもなるし、イスラム圏では女性の立場は特に弱い。また、ソマリアでは民兵に襲撃されて命を落とすのは交通事故に遭うようなものなのだという。
直視するのも耐え難いような現実の中で、真っ先にしなければならないことは「治安の改善」と「最低限の生活環境」の確保。次いで、人々が「経済的・社会的な自立」を果たすこと。外部の援助無しで立ち直るためには人材不足が壁になるので「人材育成」にも力を入れる必要がある。
凄惨な紛争地帯での話が続くが、著者の前向きな性格と、粘り強い支援活動が現地の人々の努力を支えひとつひとつの復旧の試みが確実に成果になってゆく様子には強く心を打たれる。
日本が世界の紛争解決のためになにができるのか、ということについても、この本はヒントをくれる。 世界の紛争地域では、政治的な思惑を押し付けないし武力行使を振り回さない日本の中立性への信頼がある。しかも、戦争でボロボロに負けて原爆まで落とされた状態から奇跡の経済復興を遂げたことが、これから国の再建を目指そうとする人々に希望と目標を与えるという。著者は、そういった世界の人々の想いを受け止めてきた立場から、日本にできることについて、次のように述べている。
「資金協力をするか自衛隊を派遣するかの二択ではない、新たな選択肢をつくること」。
「日本が背負ってきた歴史的経緯は、他の国がどれだけお金を積んでも手に入れられない価値を持っているのだ」。
紛争地域での危険や身の守り方、エピソードなども少しユーモアを交えて書かれてある。NGO、政府、国際機関、民間企業のそれぞれの役割。女性だからこその強みがあることについても語っている。
ページをめくりながら、いろいろなことを教わった。そして、強く胸を打たれた。著者の活動に最大限の敬意を払いたい。素晴らしい本だ。
文庫、232ページ、朝日新聞出版、2015/5/7