密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

視力を失わない生き方 日本の眼科医療は間違いだらけ

著:深作 秀春

 

 この本は衝撃だった。著者は、若い頃に渡米して本場の眼科治療とはどういうものかを肌で学び、ドイツでも共同研究を行い、そのような海外とのコネクションを維持しながらアメリカ白内障屈折矯正学会(ASCRS)の最高賞を20回受賞して常任理事も務め、日本で開業している眼科専門医。これまでに15万件以上の眼の手術を行い、スーパードクターとして知られているという。

 そんな著者が、平均的な日本の眼科治療が世界と比べてどれだけ遅れているか、世界的にはもう通用していない非常識な治療がまかり通っているおかげで多くの患者が救われずに被害を受けているか、その背景に何があるのかを説明した本。同時に、この国に蔓延する「目の体操」などの数々の健康法についても、注意を促している。

 緑内障加齢黄斑変性は日本では相変わらず治療しても治らないものといわれているが、少なくとも早期の対応を行うのであれば今は治せる病気である。

 日本で網膜剥離の際に定番の治療として行われているバックリング手術法は、世界的には既に古い方法で、再発の可能性が高く、根本的な治療とは言えない。ましてや、一部の医師が主張しているインプラントによるバックリング手術など、やってはいけない最たる手術法である。

 白内障はかかったら手術しか方法がないのが世界の常識であるにも関わらず、日本では科学的根拠に薄く日本でしか使われていない白内障の予防薬というのが処方されている。白内障であれば世界で最新の方法で手術すれば視力が1.2程度まで戻るものなのに、日本の手術では0.5くらいしか出ないことが普通。

 緑内障の治療も日本では薬に頼る傾向が強くあって、確かに今は良い薬があるのだが、薬では失明を遅らせることができるだけでそれだけでは根本的な治療にはならない。

 レーザー治療は古いアルゴンレーザーの場合は癒着を引き起こしてかえって眼圧が上がることがあるので世界ではもうやらなくなっている。日本ではレーザー治療をよく行うが、これは簡単かつ手術代も高いのが大きな理由。

 加齢黄斑変性治療においては、「PDTレーザー法」という既に世界では中止になった治療法が、なんと世界でもう行われなくなってから、日本である大学の権威ある教授が自信満々で広げて普及させ、結果的に多くの人が視力を失ってしまった。

 どうしてこのようなことが、日本の眼科医療では蔓延しているのか。目は「むき出しの臓器」であるために傷つきやすく小さくて精巧で重要な器官あるから、海外では目の手術を専門に行う医者というのは、腕が良くレベルも地位も収入も高いのが常識である。ところが日本では、眼科医というのは「目医者」扱いで、精巧な臓器を扱う高度な外科手術の技量を必要とする専門医であるという認識が薄い。

 また、近代的な硝子体手術の技法を身に着けるシステム自体が、日本の眼科医を育てる場に存在していない。日本の医学の教科書の内容も眼科に関しては古く、加えて誤訳もある始末で、さらに海外の最新状況に精通できるだけの英語力を持った人材が少ない。

 学会の体制も他の医学分野とは異なった構造があり、日本独特の閉鎖的な権威主義が幅を利かせている。海外との交流や最新の治療法を取り入れることに積極的とはいえず、むしろ頭ごなしに否定的な反応を示す傾向すらある。よって、脳外科医とか心臓外科医とかであれば日本でも世界的に一流の人たちはいるが、眼科の場合は、著者のように海外の最新治療を取り入れ同時に自らも編み出して海外から賞賛を受けているというような日本人の眼科外科専門医は極めて稀なのだという。

 日本の眼科医療の世界はこのように特異で閉鎖的なものであるから、海外の事情に精通して最新技術を持ち帰ってきた著者は、帰国してから今までずいぶん困惑する目に遭ってきたようだ。

 世間に蔓延している「目の健康法」にも、おかしなものが多いという。とくに「目の体操」や「目の運動」なるものは、多くの日本人が目の健康に良いと思い込まされているが、やってはいけない。このような間違った健康法を広めている中には、眼科医をうたう人たちもいることは大きな問題である。目を洗うということもやらない方がいい。

 数少ない勧められるものとしては、サングラスやゴーグルのように、むき出しの臓器である目を紫外線などの刺激から守る手段だという。

 人間の寿命は延びている。しかし、目の健康寿命はそれより短い。白内障は60代で60%、80代では80%がかかる。緑内障も70歳以上で20%、80歳以上では90%がかかり、失明の原因にもなる。また、むき出しの臓器である目は、10歳くらいでもボールが当たって網膜剥離を起こしたりするし、アレルギーにも弱いし、糖尿病で失明することもある。この先齢をとったときのことも考えると、目の病気なんて自分に関係ないといえる人はいないだろう。かなり強い自負に基づいて書かれている本だが、それだけの実績と、閉鎖的な日本の同業者たちの無理解や誹謗中傷を浴びる苦労を味わってきたことも伝わってくる。読んでよかった。

 

新書、320ページ、光文社、2016/12/15

 

視力を失わない生き方 日本の眼科医療は間違いだらけ (光文社新書)

視力を失わない生き方 日本の眼科医療は間違いだらけ (光文社新書)

  • 作者: 深作秀春
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/12/15
  • メディア: 新書