密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

こみあげてくる感動が心をとらえて離さない見事な作品。「わたしを離さないで」

著:カズオ イシグロ、訳:土屋 政雄

 

「おれはな、よく川の中の二人を考える。どこかにある川で、すごく流れが速いんだ。で、その中に二人がいる。互いに相手にしがみついている。必死でしがみついてるんだけど、結局、流れが強すぎて、かなわん。最後は手を離して、別々に流される。おれたちって、それと同じだろう?」。


キャシー、トミー、ルース。へールシャム出身の若者たち。
淡々と落ち着いた語り口で物語りは進む。

平静でいられるはずがないし、
あてにならない希望にすがるときもある。
でも、結局彼らはそれぞれのやり方でその感情を処理し、
成長し、運命を受け入れてゆく。

現実にはありえない設定の話だ。
日本と違い、米国サイトでは否定的な意見も結構多い。
ただ、この作品は、強引に読者をこの世界へ引きこもうとはしない。
本人たち以外にはそれほど意味の無いようなちょっとした出来事の重さや、
秘密や、わずかな心の乱れを、慎重に描き出す。
穏やかでとても繊細な文体だ。美しさすら感じる。

本の扉を閉じながら、言葉にするのが難しい静かな感動に包まれた。

 

早川書房 、文庫、2008/8/1、450ページ