著:田所 雅之
「ビジョンやミッションが語れないファウンダーの下には、そもそも魅力的な人材が集まらない。人材が集まったとしても、そのコミットメントを引き出すことができない」
「将来的にこうあるべきだという強いビジョンやミッションを掲げていれば、高いレジリエンスの源になる」
起業を成功させるポイントについて書かれた本。零細企業を作るというよりも、「スタートアップ」を立ち上げることを念頭に置いて書かれてある。ちなみに、スタートアップとスモール・ビジネスには次のような違いがある。
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スタートアップ |
スモール・ビジネス |
成長方式 |
Jカーブを描き、短期で急成長させる |
線形的にそこそこのリターンを確実に得る |
市場環境 |
まだ確立していない市場を狙う |
既に存在している市場を狙う |
スケール |
初期は少数だが、一気に大きくする |
少数のままでも運用できる |
ステークホルダー |
ベンチャーキャピタル、エンジェル投資家 |
自己資本、銀行 |
インセンティブ |
ストックオプションやバイアウトによるキャピタルゲイン |
安定した給料 |
対応可能市場 |
労働力の調達・サービス消費があらゆる場所で行われる |
労働力の調達・サービス消費が行われる場所は限定される |
イノベーション手法 |
破壊的イノベーション |
持続的イノベーション |
Y Combinatorのサム・アルトマンによれば、スタートアップの成功確率は、以下で決まる。
1.アイディア
2.プロダクト
3.チーム
4.エグゼキューション(実行・実施方法)
5.タイミング
特に、スタートアップが成功するか失敗するかの基準は、PMF(Product Market Fit)を達成できるかにかかっている。そのためには、まず、一生を賭ける価値があるアイディアを作り、議論を尽くし、検証するようにする。
ただし、スタートアップは、一見よさそうに見えるアイディアや、誰が聞いてもよいアイディアは選ぶべきではない。
誰が聞いてもよいアイディアは、他の企業も検討しているし、市場が混み合うので勝てない。
分析からロジカルに生まれたアイディアも、スケールするストーリーやファウンダー自身の思いが欠けることが多いので、避けた方がよい。
90%くらいの人がアンセクシーだと感じるけれど、1%の人はセクシーだと感じるようなアイディアを探すようにする。
良いアイディアを見つけてソリューションかするには、まず、課題設定と課題へのフォーカスが重要になる。強い共感があると、課題を徹底的に磨き込める。
そして、課題が見えたら、「もし魔法のランプがあってその課題を解決するためにソリューションを出してくれるとしたら、どんなものがいいか?」というように自問する。つまり、課題の質を上げてから、ソリューションの質を上げるようにする。
広い市場で顧客を獲得するのは大企業が採用する施策であるから避ける。スタートアップが目指すべきは、まずは、新しくて小さな市場を独占することである。限定された市場で圧倒的なシェアをとること。AmazonやFacebookなども、そうやって新しいマーケットを作り、成長していった。
スタートアップのビジネスのアイディアには、以下の10くらいのパターンがある。
1.中間プロセスの排除→中間マージンを得ているプレーヤーを飛ばす
2.バンドルを解いて最適化する→Fintech企業のように銀行の機能のうちのひとつを徹底的にUXを磨いて提供する
3.バラバラな情報の集約→価格.comや食べログのように情報や評価を集約
4.時間や空間も含めた休眠資産の活用→使われていない部屋を活用(Airbnd)、休みの日だけドライバーとして働ける(Uber)
5.戦略的自由度→既存の常識や枠からあえて外れる
6.新しいコンビネーション→違う領域で活用されていたサービスを組み合わせる
7.タイムマシーン→他国で成功したモデルをまだ利用されていない国でローカライズして展開する
8.アービトラージ→供給過多の市場から供給不足の市場へリソースをシフトして活用する。例えば、英語の得意なフィリピン人にSkypeで英会話の先生をさせる。
9.ローエンド破壊型→過剰な部分をそぎ落として低価格で提供する
10.As a Service化→売り切りしていた製品を、サービス化、サブスクリプション化する
市場のタイミングや兆しを計るには、PEST分析が役に立つ。政治や法律の世界はビジネスの前提が変わる影響力があるし、人口動態や嗜好の変化といった社会要因も重要な環境の変化になる。また、技術の進歩は、古い時代に戻るということは基本的に無い、という特徴がある。
1.Politics(政治)
2.Economy(経済)
3.Society(社会)
4.Technology(技術)
最善の仮説を作るには、「リーンキャンバス」が役に立つ。これは次のようなものである。左側が製品、右側が市場に関するものになる。
課題 |
ソリューション |
独自の価値提案 |
圧倒的な優位性 |
顧客セグメント |
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主要指標 |
チャネル |
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コスト構造 |
収益の流れ |
リーンキャンバスで複数バージョンの「プランA」を作ったら、その中でもっとも不確実性の高いものを理解する。そして、以下の4段階でそのプランを検証してみる。
1.課題を理解する
2.解決策を定義する
3.定性的な検証をする
4.定量的な検証をする
ビジョンを変えずに戦略を変えることが必要になることもある。これは「ピボット」と呼ぶ。
スタートアップは初期の段階ほど、毎日議論してビジネスモデルを作っていくことが大切になる。初期のスタートアップは人数が少ないが、人数が少ないからミスコミュニケーションが起きないということは無い。
スタートアップのアイディアは、独立する前に練っておいた方がいい。本業をやりながら、サイドプロジェクトとして取り組むのだ。ビジネスの方向性が見えるまでは、会社は作らず、プライベートなプロジェクトとして進めてアイディアを練る。スタートアップとして起業するのはその後でいい。
「ペルソナ」を想定してみる。そして、想定カスタマーの「エンバシーマップ」として、「Think」「Hear」「See」「Say」「Pain」「Gain」を一枚にまとめる。「カスタマージャーニー」を描いてみる。「ジャベリンボード」として、「カスタマーは誰か?」「課題は何か?」「そのためのソリューションは?」「検証すべき前提は?」をまとめてみる。
検証プロセスでは、プロトタイプでカスタマーの声を聞く。「スプリントカンバンボード」を使い、ソリューション仮説を磨き込む。リーンキャンバスで、提供するソリューションが価値提案できるかを検証する。
PMF実現のためには、MVP(Minimum Viable Product)によって、「構築(Build)→計測(Measure)→学習(Learn)」を繰り返す。リーンスタートアップの手法である。効果的に実施するためには、以下のような「スプリントキャンバス」を使うといい。
実験したいこと |
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実装するユーザーストーリー |
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実装にかかるコスト・時間 |
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ユーザストーリーの定量的検証の結果 |
ユーザストーリーの定性的検証の結果 |
今回のスプリントから得た学び |
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次回以降のスプリントで実験したいこと |
この中で、「次回以降のスプリントで実験したいこと」を、次の「スプリントカンバンボード」のバックログにして、またスプリントを回してゆく。
スプリントを繰り返して評価を計測する。そのためには、以下のような「AARRR(海賊指標)」を導入する。そして、KPIを測定してみる。
・Acquisition:獲得
・Activation:サインアップして最初の体験に満足する
・Retention:継続利用
・Referral:他のカスタマーの紹介
・Revenue:売り上げの確保
PMF達成にはUXに磨きをかけることも重要。わかりやすさがユーザ定着の決め手で、迷うとユーザは即離脱する、と思った方がいい。
ちなみに、PMF達成前に顧客獲得に投資しても穴の開いたバケツに水をそそぐようなもので効果は出ない。
もしビジネスが軌道に乗ったら、素早くスケールさせる必要がある。そのためには、それぞれのカスタマーから得られる「LTV(Life Time Value)」の最大化と、「顧客獲得コスト(CPA)」の最小化を実現する。
多くの情報が詰め込まれているが、結局、これらはビジネスをやろうとするならいつかは必要になるものだ。したがって、最初に俯瞰して理解しておくのに越したことはない。図解が多く、それぞれにつながりがあるのでわかりやすくまとめられている。いい本だ。
単行本、279ページ、日経BP社、2017/11/2