編集:NHK取材班
「日本軍は開戦当初、アメリカの潜水艦をなめていたため、輸送船の護衛体制を致命的におろそかにした」。
本書の主役は、真珠湾攻撃でも、ミッドウェーでも、硫黄島でも、カミカゼでも、広島・長崎でもない。ずばり「シー・レーン」である。そして、本書を開く人は、この一見目立たない視点が、ある意味で太平洋戦争の敗戦の本質を突いているのだということにすぐに気づくだろう。
本書の特徴はもうひとつある。それは、NHKの取材力を生かして、米国をはじめ東南アジア各国で詳細に取材した結果をふんだんに紹介して構成してある点である。だから、アインシュタインが米海軍のコンサルタントとして魚雷改良のアドバイスをしていた事実をはじめ、かなり戦史に詳しい人でも知らないような事実も収められている。
米海軍は当初は欠陥だらけの魚雷を使っていた有様だった。また、大西洋ではナチスのUボートにいいようにされた時期もあった。しかし、失敗を隠さず、教訓として論理的な分析を行い、アメリカ海軍はどんどん進歩する。レーダーや新型魚雷などの矢継ぎ早の新兵器の開発、計算機を利用した効率的ですばやい暗号解読、Uボートから学んだ優れた集団での潜水艦作戦。日本の輸送船は次々と消えてゆく。
「あんなにたくさん沈められたのに、輸送船暗号のコードを日本軍は終戦まで全然変えなかったよ。アメリカ軍は、たとえ解読されなくとも、半年ごとに暗号は変えていたけれどね」(情報担当の元米軍大佐の証言)。
本書でもいろいろな説明はされているものの、個人的にどうしても不思議なことがある。第一次世界大戦と第二次世界大戦において日本と同じ島国であるイギリスに対してドイツが徹底したシーレン破壊作戦行った事実がありながら、なぜ同じ島国の日本海軍がそれを十分に研究してそこから教訓を学んでいなかったのかということだ。
当時日本では知りえなかった情報や過去に類例の無いことを結果論に基づいて糾弾することについては必ずしも賛成できないが、シーレーン防衛についてはそうではない。第一大戦でイギリスが苦しみ、第二次大戦でも先行して始まっていたヨーロッパではやはり同様なことがおこっていたにも関わらず、ろくに研究せず、対策も練らず、まったくこれは大日本帝国海軍の怠慢としか言いようがないし、そのような基本的な誤りを産んだ背景に対して、やりきれない思いを禁じえない。
太平洋戦争史への理解を一段と深める一冊である。大きく深いため息とともに。
文庫、261ページ、角川書店、1995/5/1