著:堀 栄三
「情報は常に作戦に先行しなければばらない」。
この書は数ある太平洋戦争の著書の中でも他にはない貴重な記録となっている。なぜなら、「作戦課は情報部の判断を歯牙にもかけていなかった」「作戦と情報が隔離していた」という当時の日本陸軍の中枢には、情報収集と分析を担う立場の参謀が他にほとんどいなかったからである。
新任の参謀が、手探りで情報に対するノウハウを蓄積して駆け抜けた、あの戦争の貴重な体験や、そこから得られた教訓がここにはつづられている。
印象的なのは、堀が得ていた情報というのは、特殊なものは実はあまりないということである。
この方面では数少ない先人からの心構えについての教えを胸に、それまでの米軍の攻撃パターンの情報、米国のマスコミに発表されている情報、米軍機の簡単なコールサインといったありきたりの情報をコツコツと丁寧に集めて蓄積して慎重に分析し、敵になったつもりで考え、予想を当て、いつしか周囲から「マッカーサー参謀」とよばれるようになっていく。
個人的には、堀がぺリリュー島の守備隊を率いるために満州から赴任する途中の中川洲男大佐に会って、出来たばかりの「敵軍戦法早わかり」の内容を伝え、米軍との戦い方についての助言を行っていたことを知ったのが大きな収穫だった。
ぺリリュー島守備隊はそれまでの日本軍と戦い方を大きく変え、洞窟陣地を駆使した戦法で70日以上も大奮戦する。ただ、元々広い満州にいた精鋭部隊が、なぜこのような戦い方を選んだのか今までちょっと不思議だったのだが、この本を読んでその謎が解けた。そして、有効性が実証されたこの戦法は硫黄島の戦いにも引き継がれてゆく。
堀は終盤で「ますます複雑化する国際社会の中で、日本が安全かつ確固として生きてゆくためには、なまじっかな軍事力より情報力をこそ高めるべきではないか」と述べている。現代にもつながる貴重な教訓を多数含んだ本でもある。
文庫、348ページ、文藝春秋、1996/5/1