著:上原浩治
「いろんな試練を乗り越えた今、マウンドで投げることがとにかく楽しい。野球ができなければ面白くない。投げられなければ、楽しくない。そういう意味でも、ケガなく故障者リストにも入らず投げられた2013年のシーズンは本当に楽しかった。ピッチャーは、やはり投げてなんぼのポジションだと思う」。
昨日、プロ野球選手として引退を発表した上原浩治が2014年1月に出した本。2013年にメジャーリーグのボストン・レッドソックスで優勝に貢献、ワールドシリーズで胴上げ投手になり、オフシーズンに入って出版された本である。
とにかく、この2013年シーズンの上原投手は凄かった。6月に抑えに転向し、シーズン中は27試合連続無失点の記録も作った。地区優勝を果たして迎えたプレーオフでは、強打のチームを相手に厳しい場面で登板し、すべて完璧に抑えきってMVPを獲得。ワールドシリーズでも胴上げ投手になった。
実は、ボストンレッドソックスというチームは、この前年度、地区最下位だった。そうして迎えた2013年シーズンも、クローザーが相次いで故障するという緊急事態に見舞われた。地区最下位のチームが、翌年にワールドシリーズ制覇を成し遂げたことになる。この奇跡のような優勝は、その年に新加入し、途中から抑えを任されることになった上原投手の大活躍なしでは不可能だったろう。
この本の目玉のひとつは、投球術についてかなり詳しく説明しているところにある。引退してもうそんな心配は不要になったが、この本を読んだときには、こんなに秘密を明かして大丈夫なのかと少し心配になったくらいである。
球種はフォーシームとスプリットの2つだけ。しかも、メジャーのクローザーの速球は150キロ/h台が主流なのに、上原投手のフォーシームの球速はわずか89マイル(143キロ/h)しかない。「クローザーの常識を変えた」とも言われるが、なぜ、こんな遅いボールで抑えられるのか、はっきりとした理由は本人にもわからないという。
しかし、「制球力」と「ボールの切れ」をとことん追求してきたそうで、実際のボールの握りの写真を添えながら、打者の内外角に投げ分ける2種類のフォーシームについて解説している。
スプリットについても、実は3種類を投げ分けているそうで、それぞれの握りの違いについてもやはり写真付きで説明している。
ツーシームも投げると言われているが、実はコントロールがうまくいかないために2013年シーズンは1球も投げていなかったという。スライダーにいたっては、なんと、スプリットに磨きをかける過程で投げ方を忘れてしまったという。
さらに、もっとも注意しているのは腕の振り方。変化球を投げるときに腕の振りが少し遅くなる投手が多いのに対して、上原投手はスプリットのときほど腕の振りを速くするように心がけているという。ピッチャーの投げたボールがキャッチャーミットに収まるまで0.4秒くらいしかないから、こうして一瞬でも打者を幻惑させれば抑えられる確率は高くなる。
このようにとことん追求するようになったのは、巨人時代に工藤公康選手から、たくさんの球種を覚えるよりも持っている球種を磨いた方がいいとアドバイスされたこともあるようだ。
滑るといわれるメジャーのボールについては、皮の部分でなく縫い目の部分で制御することで対処しているという。
プレッシャーでなかなか眠られなかったこと。感動の優勝の瞬間。結局、まだ一度も本拠地のボストン市内を観光していないという、ホテルと球場の往復の連続や普段の過ごし方、時差が伴う長距離の移動の大変さ。
その後の人生の原点になったという高校卒業から大学に入るまでの1年間の浪人時代についても語っている。巨人時代のこと。
こちらから聞かなければ教えないが選手の方からアドバイスを求めれば熱心に付き合ってくれる褒め上手なメジャーのコーチたち。テキサスから移籍した理由。ブログを書くことの効果。ブルペンで、当時同じチームだった田沢選手と日本語で会話できることによる安心感。
キャッチボールの大切さ。右肘のケガからの復活。MVP受賞時の物怖じしないインタビューが話題になった息子のカズについて。先発の経験がセットアッパーやクローザーでも生きている、といったことについても述べられている。
2013年の地区優勝からワールドシリーズに至るまでの4度の優勝は、全て三振を奪って終えたが、あれは相手のバッターが「空気を読んだ」からだというのは、ちょっと笑ってしまった。
この当時ですでに38歳。全般的に選手寿命が伸びているとはいえ、本人も語っているように、結果を出し続けなければ若手にスイッチされてしまう年齢だった。
本書のタイトルは「不変」となっていて、実際に「自分のスタイルは何も変わっていない」と書かれている。
しかし、投げ終わった後に左足にかかるショックを逃がすことで肉離れしなくなったとか、左手のグラブを大きくするというような様々な工夫を重ねてきたことからもわかるように、「不変」の意味は必ずしも何も変えないという意味ではないらしい。フォームも含めて自分なりのやり方をとことん追求して微修正すべきところは受け入れて改善してゆくという自分のスタイルを変えていないという意味である。
ワールド・シリーズを制覇しても反骨心は消えていないそうで、そのような前向きな気持ちを持ち続けたことが、40歳を超えても現役を続ける支えになったことは想像に難くない。ほんとうに、素晴らしい投手だった。
単行本、194ページ、小学館 、2014/1/31