密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

隠れキリシタンとは、キリスト教とは異なるひとつの土着の民族宗教になっていったもの。「カクレキリシタンの実像: 日本人のキリスト教理解と受容」

著:宮崎 賢太郎

 

「キリスト教という異文化に初めて接した日本人にとって、キリシタン時代という時代は、その教えを理解するにはあまりにも条件が整っていませんでした。潜伏時代には、その環境はさらに悪化し、一人の指導者もいなくなり、教義という内容面はほとんど理解できなくなり、したがってその伝承も困難となりました。その空白は、日本の諸宗教の根底に普遍的に存在する諸要素によって置き換えられるしかありませんでした」。


 いわゆる隠れキリシタンの実像に迫った本。著者は30年余りにわたって長崎県のカクレキリシタンの調査研究をしてきた実績を持つ。

 一般的に語られる、命がけで弾圧を耐え忍んで仏像などを表に飾って隠れみのにしてキリスト教信仰を守り続けてきた人たちというイメージを覆す内容となっており、「カクレキリシタンはキリスト教とは異なるひとつの土着の民族宗教である」とすら断言されている。

 戦国時代に日本のキリシタンは人口の3%程度いたといわれている。イエズス会はまず教徒を増やす方針をとって身分制度の上層に狙いを定めて改宗した。この作戦は当たって、キリシタン大名達は下位層を強制的に改宗させたので一気にキリスト教は拡がった。しかし、彼らがどこまで教義を理解していたかについては本書では疑問符がつけられている。

 キリスト教弾圧がはじまり、宣教師もいなくなり、カトリックの信徒たちはカクレキリシタンとして生きる。しかし、歳月が経ち、先祖の残した儀礼的なものだけが、意味不明なまま大切なものとして伝承されてきたという。

 記録はほとんど残っていない。また、信仰の自由が認められるようになって彼らの中から大勢がカトリックに改宗したかというと、そのようなことはないという。

 

 ラテン語がなまって後世に創作されたものも多く含まれるオラショと呼ばれる祈祷文。神道に似た行事の構造。伝承され継承され作り変えられてきたマリア観音や御帳。たくさんあるが元々何の意味だったのかがわからなくなっている行事。御誕生の日がキリストの誕生日だというのがわかったのは明治になってからで、それまでは安産祈願の日とも考えられていたという。

 「お授け」と呼ばれる洗礼。「戻し方」と呼ばれる葬式。独自のケガレ観。お寺と門徒の関係を結ぶことを強制されたが、カクレキリシタンが生き残った地域は実態としてお寺と共存共栄の関係となったようだ。

 こうして長年生き残って伝承されてきたカクレキリシタンだが、近年は高齢化などによって各地で消滅の危機を迎えているという。終盤では、現代の日本でキリスト教徒が増えない理由についても考察されている。隠れキリシタンの実態に迫った貴重な本だ。

 

単行本、226ページ、吉川弘文館、2014/1/21

カクレキリシタンの実像: 日本人のキリスト教理解と受容

カクレキリシタンの実像: 日本人のキリスト教理解と受容

  • 作者: 宮崎賢太郎
  • 出版社/メーカー: 吉川弘文館
  • 発売日: 2014/01/21
  • メディア: 単行本
 

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