著:井村 裕夫
医学の進歩や衛生環境の改善によって、先進国では感染症は減っている。平均寿命も延びた。感染症に代わって大きな脅威になっているのは、ガンや糖尿病や心疾患やアルツハイマー病のような非感染症疾患(NCD: Non-communicable disease)である。
本書は、主にこのNCDに対して注目して健康な長寿社会の実現に必要な医学のあり方について、現在わかっている範囲のいろいろな研究成果から仮説をまとめたものである。
NCDは遺伝によって影響を受ける。しかし、それだけではなく後天的な要素も多くある。喫煙とガンの関係や、カロリー摂取量と成人病といわれるような病気の発病率との関係である。
また、例えば、出産時の体重や胎児期の低栄養状態といった要因が大人になってからの心身の健康を左右する因子になりうる可能性や、育った環境によるエピジェネティクスの作用による影響が考えられる。「発達プログラミング仮説」(あるいはDOHaD仮説)という学説が紹介されているページもある。後天的な獲得形質が遺伝に影響する可能性を示す研究成果もあるようだ。
骨・筋肉・間接の状態は要介護状態に陥ることと関係が深い。筋肉量と筋力の低下に対しては、「サルコぺニア」という概念が提唱されている。日本では副作用を恐れて行われていないが、アメリカでは一部で男性ホルモンの投与が行われているという。
終盤では「ライフ・コース・ヘルスケア」という概念が紹介されている。NCDのような疾病類は、中高年になってから気をつければいいというものではなく、若い頃のライフスタイルのような環境要因がその後に大きな影響を及ぼすので、小さい頃から健康に対しての教育を行い、気を配る必要がある。
また、バイオマーカーを用いて適切な先制治療を行うことも将来的には期待されるようだ。ビッグデータの活用について言及されている部分もある。
日本の平均寿命は戦後に50歳を超え、今や世界有数の長寿国になった。その一方で、少子高齢化は社会保障費の増大や、若年層の相対的な不足を招いている。
単に長生きするというのではなく、少しでも長く健康な状態で生きることは多くの人に共通した願いといえるだろう。本書は医学的な立場からいろいろな学説を紹介したものなので、いわゆる健康本ではないが、少しでも健康な状態で長生きするにはどうすればよいか、さらには自身だけでなく子や孫といった次の世代に対しても社会的できることはないかを考えさせるきっかけにはなる本である。
新書、224ページ、岩波書店、2016/2/20