密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

新型コロナウイルス感染症(新型肺炎)流行の時代に、感染症やウイルスのパンデミックと人類が歩んだ歴史とそこから学ぶこと。「感染症と文明――共生への道」 (岩波新書)

著:山本 太郎

ウイルスを含むさまざまな感染症と人類の歩みについてまとめた本。薄い本だが、骨子が明確で、コンパクトに記述されている。なかなか面白い。著者は、アフリカやハイチなどで感染症対策に従事した経験を持つ、長崎大学熱帯医学研究所教授。

ちょっと驚いたのは、先史人類は、ボツリヌス症や炭そ症といった一部を除けば、感染症に対しては意外に健康だったらしいということ。

 

では、何が変わったのか。

 

実は、感染症が爆発的に大流行(パンデミック)するようになったのは、人間が農耕を始め、家畜を飼い、人口が急増してからである。さらに、文明が発達し、人々の往来が活発になることで、一か所で発生した感染症が地域的な広がりを見せるようになる。そして、大航海時代になると、それが世界的な大流行という形をみせるようになる。

 

しかも、大航海時代の到来は、特に南北アメリカ大陸とハイチなどに住んでいる人たちに大きな災難を次々もたらす結果となった。これらの地域の人々に免疫が備わっていなかった病気が、短期間のうちに次々持ち込まれてしまったからである。まず天然痘、次いで麻疹、さらに発疹チフス。次々とヨーロッパから持ちこまれた感染症によって、それらの病気への免疫が備わっていなかった原住民たちは次々病に倒れ、壊滅的な状況に追い込まれることになった。

ウイルスが人に適応してゆくという説明も興味深かった。そのプロセスは、次のように便宜的に5段階に分けられる。

・動物から人へ感染する段階

・人から人へ感染するように適応するが弱い段階

・人へ適応して定期的な流行を引き起こす段階

・もはや人の中でしか適応できない段階

・そして人という種から消えてゆく段階

 

つまり、感染症はかならずしもそのままではない。長期的な視点に立てば、現在存在する感染症は、新たに出現した段階と消え行く段階の間にある、といえるそうだ。

一人の感染者が免疫を持っていない集団に加わったときに平均して何人に感染させるかを数値化した「基本再生産数」に基づいて、「集団免疫」という理論も簡潔に解説されている。

 

実は、集団の中で免疫を持つ人の割合が一定数を超えると、小規模な流行の兆しがあっても直ぐ終息する。これは、WTO天然痘撲滅計画推進の基礎理論になっている。また、「平均感染年齢」の式というのもある。これは、

 

基本再生産数=1+平均寿命/平均感染年齢

 

という計算式になる。


感染症の中には、発病までの平均潜伏期間が50年以上という、1万年以上前から日本人と共生している成人T細胞白血病ウイルスというものも存在する。

 

本書を読むと、人類と感染症の歴史は、地球上の人口が増え、移動が容易になった人間社会の歩みと密接に関連していることがよくわかる。タイトルにはあえて「共生」という言葉が入っているが、それはけして快適な意味での共生ではない。

 

新書、224ページ、岩波書店、2011/6/22

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

  • 作者:山本 太郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/06/22
  • メディア: 新書