著:アンドラーシュ・シフ、訳:岡田 安樹浩
ハンガリー出身で世界屈指のピアニストであるアンドラーシュ・シフが、ユダヤ人としてのルーツや両親の苦労、自らの生い立ち、共産主義政権のハンガリーで過ごした若いころの話、そして膨大なクラシック音楽の知識や見識について語った内容をまとめた本である。奥さんである日本人バイオリニストの塩川悠子と結婚したときに指揮者のラファエル・クーベリックが立ち合い人になってくれたときの写真もある。
両親はホロコーストの時代を生きた。母親の最初の夫は、ナチスの収容所でチフスを患い、他の患者たちと共に焼き殺された。父親も収容所に入れられたが医師であったために待遇が少し異なり生き延びた。ただし、彼の最初の妻と長男はアウシュビッツで亡くなっているという。シフはこのような過去を持った再婚した両親の一人息子として生まれている。ピアノは始めたころからよく弾けたそうだ。戦後の共産主義政権下ではユダヤ人差別は残っており、国外脱出をする人たちもいたという。
ピアノを弾くには姿勢と呼吸が重要。音を出す前に楽譜を徹底的に研究し分析する。コンサートでは最初の1音が重要。録音では3回録るだけだという。
シューベルトの音楽にはウィーン訛りがある。シューマンの音楽はドイツ語の表現方法や詩情・文芸がない世界では理解しづらい。手稿譜は純粋な情報源として重要。ベートーヴェンは非常にたくさん出てくる。バッハ、モーツァルト、メンデルスゾーン、バルトーク、他。前半はある程度まとまったものになっているが、後半はいろいろな機会に書いたものが集められている。このため、非常にページ数が多い。ただ、シフという偉大なピアニストが実によく考え、研究し、音楽に向かい合ってきたことがよくわかる。
単行本、春秋社、2019/9/7、424ページ