密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

私のヴァイオリン 前橋汀子回想録

著:前橋 汀子

 

 日本を代表するヴァイオリニスト前橋汀子の自伝。日本はヴァイオリンの分野では世界に優れた人材を多く輩出する国になったが、著者は2013年に亡くなった盟友の潮田益子とともに世界に飛び出して新しい時代を切り開く役割を果たしたといえる。実際、1961年に音楽大国だった当時のソ連に留学したときの様子などは、彼女の将来性に賭けた多くの人の支援に支えられながら、まさに異国の地に単身で飛び込んだという感じである。

 もともとあまり音楽には縁のない家だったようだ。しかし、最初の恩師である小野アンナ先生の厳しい指導とお母さんの心血注いだサポートで才能が開花してゆく。コピー機も無い時代、両親は楽譜の写譜もする。ソ連への留学もアンナ先生の故国であることと、オイストラフのすごい演奏を生で聴いたことが大きかったようだ。ソ連では、奏法の基本からやり直し、他の生徒と競うように練習に練習を重ねる。物は不足していたが、当時のソ連には一流の演奏家がたくさんいて生で聴けた。美術館も無料で入れた。黄金期のレニングラード音楽院での生活は、1年の予定を延長して3年に及ぶ。ロンティボー国際コンクールでの3位入賞。

 さらにジュリアード弦楽四重奏団のワークショップに参加したことがきっかけで、今度はニューヨークのジュリアード音楽院に留学する。1年間の留学を終えたあとも、ニューヨークに住み、一流のオーケストラや指揮者との共演も増え、良い楽器とも巡り合い、音楽家としての活動を広げてゆく。

 さらにスイスでシゲティの教えも受ける。芸術家が集まるモントルーの街。ナタン・ミルシュテインのレッスンも受ける。世界中で演奏家として活動した中で遭遇したエピソードについても書かれている。事故で他界したピアニストだった妹についても触れている。

 この人の録音は若いころに持っていたし、オーケストラのコンサートでも協奏曲を聴いたことがある。日本のトップのヴァイオリン奏者のレベルを世界水準まで引き上げたヴァイオリニストの一人であり、日本のクラシック音楽演奏家の水準が上がってゆく時代を切り開いた人ならではの逸話がいろいろ書かれていて、興味深く読めた。

 

単行本、161ページ、早川書房、2017/8/24

 

私のヴァイオリン 前橋汀子回想録

私のヴァイオリン 前橋汀子回想録