著:ちば てつや
「私は何をやってもうまくできず、『ぐずてつ』と人に言われたこともあった。実際、その通りだと思っていた。しかし漫画に出会うことができた。漫画に出会えたから、自分の気持ちを素直に伝えることができたし、感動も悔しさも自分なりに表現することができたのだ。『ぐずてつ』だったのは、私と漫画を巡り合わせるために神様が画策して下さったことなのだと、今は信じている。その幸運に、神の采配に、今は本当に感謝している。漫画との出会いがなければ、『ちばてつや』はこの世に存在しなかった」。
漫画家生活58年。「紫電改の鷹」「ハリスの風」「あしたのジョー」「おれは鉄兵」「のたり松太郎」「あした天気になれ」をはじめとするヒット作を生み出した、ちばてつや氏が、今までの人生と作品を振り返っている本。現在は、やなせたかし氏の後を継いで日本漫画協会の理事長も務めているという。
決死の逃避行となった、6歳のときの満州からの引き上げ。漫画を描きはじめたきっかけも、夢を追いかけてというようなものではなく、何をやってもうまくいかない自分が、なんとか稼いで家族を養うためだったという。
貸本漫画家としてのデビュー。少女マンガ家としてのてんてこまいの雑誌デビュー。よい先輩や編集者との出会い。売れるようになったのはいいが、こんどは要領の悪さでどんどん仕事が重なって窮地に追い込まれてゆく。
初恋。少女マンガのタブーへの挑戦。ボクシングマンガ。戦争マンガへの想い。マンガの依頼が元になった野球との出会い。周囲が危ぶんだ梶原一騎氏とのコンビ。連載中のドクターストップ。
「私の場合、主人公が巡り合ったスポーツをきっかけに、キャラクターがうまく動き出すということがある」
「おれは鉄兵」や「のたり松太郎」は、キャラクター主体で生まれたスポーツ漫画といえるらしい。
ゴルフに目覚めたのはいいけれど、最初はゴルフはマンガの題材には向かないと思っていたのに、編集者の説得によって手がけることにした「あした天気になあれ」。スイングの掛け声の「チャー、シュー、メーン」の裏話。
テニスとボクシングの共通性を感じてはじめた「少年よラケットを抱け」の第1部完で大病にかかってしまった経緯。
人生の歩みとシンクロしながら作品に関する数多くのエピソードが盛り込まれている。トキワ荘のマンガ家たちとの交流と恩。母親の思い出や、著者と三男のちばあきお氏含めて4人全てが漫画の世界でたべてゆくようになった兄弟たちとのにぎやかな様子。
大学で学生たちに教えていること。平和に対する想いや、プロとアマチュアの違い、漫画の表現規制についての意見も書かれている。帯に書かれた3人の推薦文からは、戦後のマンガ界を支えたちばてつや氏への敬意が伝わってくる。
新書、256ページ、集英社、2014/5/16