著:秋草 鶴次
硫黄島の戦いの生存者が、自らの戦場での体験について時間をかけて丁寧にまとめた原稿を本にしたものである。
著者は情報を扱う海軍の通信兵としての訓練を受けて赴任しているため、自ら直接戦闘を行うことは無かったようだ。ただ、通信兵であるゆえに、1か所にとどまらず、玉名山の送信所を中心に情報の伝達や戦況の確認のために時に危険をおかしながら島の中を何度も移動しており、島の南部と中央部を中心に広い視野で日々修羅場と化してゆく現場の状況を克明に見ていて記録している。
加えて、著者が米軍に捕えられたのは栗林中将を中心とする守備隊の司令部が落ちた後であるため、米軍が島に接近して上陸を開始し、激しい大規模な戦闘が行われた時期を経て、後半の比較的小規模な抵抗が中心となってゆく戦闘末期の頃まで、硫黄島の戦いの全体を通した第一線の様子がリアルに伝わってくる。
それにしても凄惨である。地熱による暑さ。欠乏する水と食料。米軍に比べ圧倒的に劣る武器弾薬の量。容赦のない米海軍の戦艦や巡洋艦からの艦砲射撃。空からの爆撃と機銃掃射。戦車や火炎放射器を駆使した海兵隊の攻撃。夜襲を阻む照明弾。
不用意に大きな音を出したり、立ち上がったりすると、すぐに米軍に見つかり、雨のように砲弾や銃弾が降ってくる。縦横無尽につくられた洞窟陣地で耐え忍びながら戦う日本軍は激しく消耗してゆく。
どれだけ善戦しても援軍は来ない。「おっかさん」と叫んで逝く兵士。物資や食料の欠乏はどんどん深刻化し、将兵は次々命を落とし、生き残った者も傷つき、日本軍守備隊の戦力は低下してゆく。壕には死臭が充満し、排泄物を多く含んだ汚泥に足を取られ、重傷者の中には自ら命を絶つ人も出てくる。自分の傷口にわいたウジをつまんで食料にする。失った筈の指が痛む。壕にこもっていればいたで、米軍のブルドーザーが豪の入り口を塞いで生き埋めにしてゆく。
一方、苦しい戦場での友情や、少ない物資を分け合う様子も描かれている。極限の環境での覚悟と生への決意。硫黄島の戦いは日本軍が粘り強く戦って大善戦したことが知られているが、その戦場は壮絶なものであったことがよくわかる。実に生々しく、貴重な記録である。
新書、262ページ、文藝春秋、2006/12/1