著:松原隆彦
宇宙の構造を説明した本。とてつもなく大きなテーマであるが、多くの研究成果や理論を紹介しながら、きわめて明快かつシンプルに書かれていることが特徴である。無駄な記述は避け、重要なポイントはここ、という感じの解説を重ねているため、宇宙全体の構造という目もくらむようなテーマを扱っているにも関わらず、分量的には抑制されたものになっている。カラー印刷の資料や写真が時々入っている。
宇宙には無数の銀河があり、この銀河はさらに階層的に群れ集まる特徴を持っている。この結果、それぞれ、「銀河」「銀河群」「銀河団」「超銀河団」という集団が形成されている。
私たちが住んでいる「天の川銀河」は数千億個の星で構成されている銀河であるが、この天の川銀河は1000万光年の広さを持つ「局所銀河群」に属している(特定の銀河団には属していない)。
そして、この局所銀河群は、さらに1億光年の大きさを持つ「おとめ座超銀河団」と呼ばれる超銀河団の一部になっている。このおとめ座超銀河団は銀河団や銀河群を100個以上含んでいて、その中ではおとめ座銀河団が最大の銀河団である。
さらに、地球から天の川に隠されている方向の2億光年先には、まわりの銀河を重力で引き寄せている「グレート・アトラクター」という巨大重力源がある。
超銀河団を有した宇宙全体は「宇宙の大規模構造」と呼ばれる複雑なパターンを有する構造で呼ばれている。この中の膨大な銀河を観測してゆくと、一様には分布しているわけではない。また、赤方偏移があるので、宇宙が膨張していることがわかる。
宇宙ができたときにはこのような複雑な構造は存在していなかった。現在の構造は138億年の歴史の中で変わってきたものである。宇宙ができた瞬間のことは明確ではないが、宇宙が誕生して0.00000000001秒後からのことは既に解明されている。ちなみに、この時の宇宙の平均温度は1000兆度で、これが0.00001秒後には1兆度まで下がっている。ちなみに、現在の宇宙の平均気温はマイナス270度である。
宇宙には、通常物質(バリオン)と異なり、光をはじめとする電磁波に一切反応しない「ダークマター」と呼ばれる物質がある。
ダークマターも重力には作用する。ただ、重力によって集まろうとしても通常物質のようにその際に余分となるエネルギーを電磁波として放出することができないためにまとまることができない。このため、ダークマターは通常物質のように小さく集まることができず広がる傾向がある。
このような通常物質とダークマターの性質の違いにより、通常物質が小さくまとまってできる銀河の周囲にはダークマターが広がり、銀河団の中にもダークマターが満ちる。つまり、宇宙は、小さくまとまれないダークマターの中に、小さくまとまることができる通常物質によって構成される星や銀河が動き回る形になっている。
ちなみに、ダークマターは電磁波には反応しないが重力に反応するので、重力レンズ効果を測定することによって類推することが可能である。
宇宙の大規模構造は、宇宙初期にあった密度の「初期ゆらぎ」から誕生したものである。この密度揺らぎの性質は、「パワースペクトル」という量によって数値化できる。
また、宇宙ができたときのこの初期ゆらぎがどこから来たかについてはいろいろな説があるものの、その中でもっとも有望とされる「インフレーション理論」では、宇宙は極初期に急膨張したとし、この最中に「量子ゆらぎ」が生成されてこれが初期ゆらぎの期限になったとする。そして、この急膨張であるインフレーションという現象については、空間場膨張しても薄まらない特性を持つ「スカラー場」によって引き起こされたとされる。
長波長の初期ゆらぎの性質については、宇宙マイクロ波背景放射の観測によってわかり、それよりも小さなスケールのゆらぎについては宇宙大規模構造の観測によって追及できる。
銀河は群れる性質があり、ある銀河から距離的にみた場合の他の銀河の存在確率は相関関数によって表現できる。
3つ以上の銀河の相関関係を表す場合は「3点相関関数」と呼ばれる。楕円銀河の方が渦巻銀河より群れ集まりやすいという性質がある。
大規模構造には、相関関数以外にも、泡構造やフィラメント構造がある。それらもすべて含め、大規模構造のトポロジーという解析方法が考えられた。この解析法は、閉じた形であればジーナス数を指定することでトポロジーが定まるという特徴がある。
数密度とジーナス統計値でグラフ化したジーナス曲線の説明もある。また、ミンコフスキー汎関数を宇宙大規模構造に適用した説明も行われている。
赤方偏移空間の相関関数には、銀河の特異速度によって生じる「神の指効果」と「カイザー効果」が含まれる。前者からは大きい銀河団に属する銀河が多いこと、後者からは重力と密度ゆらぎの関係によりアインシュタインの一般相対性理論が大きなスケールでも正しいかがチェックできる。
密度ゆらぎがもとになって生じた圧力で発生した音響効果を「バリオン音響振動」と呼ぶ。ダークマターは圧力の影響を受けないので、バリオン(通常物質)だけに生じるからこのように呼ぶ。
大規模構造を分析すると、このバリオン音響振動のパターンの痕跡が確認できる。バリオン音響振動は宇宙の物差しとしても使える。
宇宙は加速膨張している。アインシュタインの一般相対性理論の宇宙項。宇宙に広がっているダークエネルギーとそれに対する仮説の数々。質量はエネルギーと等価なので、そこから計算される存在比率としては、ダークエネルギーが69[%]、ダークマターが26[%]、通常物質が5[%]となる。
ニュートリノは3種類存在し、質量がごくわずかで、電気的に中性で、原子との間では「弱い力」にしか作用しないため、ほとんどなんでもすり抜ける。ニュートリノの質量が大きいほど、短波長側のパワースペクトルを小さくする。
このように宇宙の大規模構造の探求は進み、検証されてきた。しかし、宇宙は大きく、限界もある。最近では、私たちの宇宙とは違う宇宙を無数に考える研究が花盛りだという。観測不可能な宇宙がどのようなものかは、誰も知らないし、今のところ知りようもない。しかし、宇宙観測の精度は増し、今までわからなかったこともわかるようになったし、今後も様々な観測が行われ、検証が行われてゆくだろう、ということだ。
特に赤方偏移やバリオン音響振動からわかることを中心に、宇宙の大規模構造について淡々と説明してあり、要点がわかりやすく、興味深く読めた。
新書、280ページ、光文社、2018/10/16