密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

ロケット、人工衛星、惑星探査。さあ、宇宙へ。『宇宙はどこまで行けるか-ロケットエンジンの実力と未来』

著:小泉 宏之

 

 ロケットを中心にした宇宙工学の本である。一般向けなので科学式などはほとんど出てこないものの、実際に研究開発に従事してきた人が、科学・工学的にきちんと書いている。どうしてこれが、BlueBacksではない一般の新書なのだろうかと思うくらい、歯ごたえのある内容である。

 

 人は歩くときに、地面を押すことで加速度を得る。自動車もタイヤで地面を押すことで加速している。ボートはオールで水を押し、プロペラ機はプロペラで空気を押すことで前に進み、ジェット機はジェットエンジンで空気を吸い込み後ろに空気を流すことで押している。

 ロケットはほとんど空気がない高度でも前に進まなければならないので、自ら進行方向と反対方向に押し出す力を出し続けることで飛ぶ。最初は本体が重いのであまり速度は上がらないが本体が軽くなるにつれて加速が増える。このロケット推進は「ロケット公式」で表される。

 

 ロケットには「固体燃料方式」「液体燃料方式」の2つがある。固体燃料ロケットは燃焼室にある固体推進薬を燃やす。個体推進薬は、固体燃料と酸化剤で主に構成されている。固体ロケットは、構造はシンプルだが、排気速度が小さく、燃焼を制御できない。精度の高い軌道投入やエンジンの再着火には使えない。

 液体燃料ロケットは、酸化剤と燃料の2つの液体を燃焼室に送り込んで燃やし、そうしてできたガスをノズルで排出する。構成は固体燃料ロケットより複雑になり、推進剤を加圧するターボシステムが重要になる。

 マイクロ波やレーザーを使ってエネルギーを送るビーミング推進の研究も進められている。

 

 人工衛星は地上から詳細に見えない高くて遠い場所にある。電池交換ができないし、周りは真空である。姿勢の安定はコマの原理を使って回転させる。人工衛星本体ごと回転させるものと、内部にコマがあってその回転数を変えて姿勢を変える方式がある。

 GPS衛星は高度2万キロメートル上空を自分の時刻と位置の情報を乗せた電波を飛ばしながら飛んでいる。地上からは4基以上が見えていれば自分の位置を割り出せる。一方、静止衛星は赤道上3万6000キロメートル上空を飛ぶ。

 

 ロケットが衛星を運べるのは地上から地球周辺の宇宙空間までである。よって、それ以降は人工衛星が自らのロケットエンジンで軌道修正を行う必要がある。

 静止衛星は静止軌道に乗るまでに推力が必要で、さらに月や太陽や他の惑星の影響で軌道の乱れがあるので軌道を維持するための微修正を適時行うためのエンジンも必要になる。そのためのエンジンは化学エネルギーを取り出すための推進剤が使われてきたが、最近は電気推進が台頭している。

 電気推進は太陽光パネルでエネルギーを得られ、衛星も小さくできで打ち上げコストを大幅に抑えられるが、推進力が弱いので、軌道の修正には時間がかかる。

 

 人工衛星は小型化が進んでいる。最近は10センチメートル四方を1Uという単位とし、2U, 3U, 6U, 10Uなどの様々な「キューブサーキット」として打ち上げられている。3U程度のキューブサーキットを量産して300基以上打ち合わげているベンチャーもある。

 

 小惑星探査では、イオンエンジンが大活躍する。イオンエンジンではプラズマ化しやすいキセノンなどを燃料に使い、イオンを外に出すことで推力を得る。力が弱いので加速するのに時間がかかる。「はやぶさ」はこのイオンエンジンを使って小惑星と地球の往復を果たした。

 著者たちは、イオンエンジンとガスエンジンを統合して「プロキオン」という小型衛星の実現にこぎつけた。現在では、小型衛星の分野は世界的に急劇に進歩している。

 

 水星・火星・金星といったような惑星の探査は、通り過ぎるだけの「フライバイ」、周回軌道に乗る「オービター」、実際に着陸まで行う「ランダー」の3種類がある。

 「オービター」の場合は通り過ぎようとするときにロケットエンジンで急ブレーキをかけて周回軌道に乗る。「ランダー」にいたっては、非常に難易度が高く、速さを穏やかに減速しながら対象の惑星の地上に降りるようにする必要がある。

 例えば火星の場合、地球との電波の往復だけで6分はかかるので、状況に応じた捜査はできない。あらかじめ自動ですべてが済むように作っておく必要がある。

 金星にいたっては、大変な高熱なので、長期間探査するのはきわめて難しく、かなり対策を講じた探査機でも、生存時間は数十分程度である。

 

 推進剤もエンジンもなるべく使わないように惑星探査ができれば楽であるから、惑星大気を効果的に使う方法も生まれている。「スイングバイ」は惑星重力を使うことで探査機を加速する方式である。

 外惑星は太陽光が十分ではない上に時間もかかるので原子力電池が使われる。ただ、最近は太陽電池パネルの性能が向上して木星探査でも太陽電池が使われるケースがある。

 ごくわずかな太陽の光子の力で運行する「ソーラ電力セイル」の研究も行われており、「イカロス」が世界初の実証実験に成功している。実用化は現実的ではないが、反物質推進の紹介されている。

 

 火星の有人探査について解説している章もある。人間を惑星まで飛ばして生還させるというミッションが、いかに多くのことを必要とするものなのかは何となくわかる。終盤では未来への希望や夢のようなことも少し書かれている。

 

 本書は、「大人の科学バー」という場での10回の講演をもとに書かれたという。実際に研究開発に関わってきた人の解説で、けしてやさしくはないが、かなり面白かった。

 

新書、304ページ、中央公論新社、2018/9/19

宇宙はどこまで行けるか-ロケットエンジンの実力と未来 (中公新書)

宇宙はどこまで行けるか-ロケットエンジンの実力と未来 (中公新書)

  • 作者: 小泉宏之
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2018/09/19
  • メディア: 新書