著:岸見 一郎
フロイト、ユングと並ぶ心理学の巨頭でありながら今まで日本ではそれほど有名ではなかった、アルフレッド・アドラー(1870-1937)の「アドラー心理学」について解説した本である。
平易な言葉を選んで書かれているものの、中身は大変しっかりしている。青年と哲人との対話という形式をとっている。これは、「あとがき」で書かれているように、ソクラテス以来の哲学が、しばしば対話という形式で行われている伝統を踏まえたものだという。
過去の「原因」ではなく今の「目的」を考える(目的論)。つまり、フロイト的な原因論とは対局をなす。わたしたちは主観的世界の住人である。例えば、劣等感は「客観的な事実」ではなく「主観的な解釈」に過ぎないので変えることができるし、努力や成長の促進剤にもできる。そして、ひとりの人間が社会的な存在として生きようとするときに直面する対人関係を「人生のタスク」とし、以下のように「行動面の目標」と「この行動を支える心理面の目標」の2つの目標に分けて、以下のように定義している。
行動の目標
1)自立すること
2)社会と調和して暮らせること
この行動を支える心理面の目標
1)私は能力がある、という意識
2)人々はわたしの仲間である、という意識
このような人生のタスクと向かい合うときの問題は「勇気」になる。「所有の心理学」ではなく「使用の心理学」という立場をとる。自分を変えることができるのは自分しかないという視点から、「自分の課題」と「他者の課題」を分離して、「他者の課題」には踏み込まない。他人が自分を評価するのは他人の課題であって自分の課題ではない。自分は自分が信じる最善の道を選ぶべきであって、それを他人から認めてもらいたいという承認欲求は否定し、そのためには嫌われる勇気も必要になる。
対人関係のカードは常に「わたし」にあると考える。人は必ず何かの共同体に属しており、その共同体への所属感は、共同体に対して自らが積極的にコミットすることで生まれる。他人の課題への支援は、それは他人の課題であることを理解した上で、(タテではなく)横の関係から、できることを考える。自らの主観によって貢献を実感できること。他者を「行為」のレベルではなく「存在」のレベルで見てみる。
「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」(アドラー)。
「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」の3つのポイントから、自己への執着を他者への関心に切り替えることで共同体感覚を持つ。「変えられるもの」と「変えられないもの」を見極める。相手が裏切るかどうかは他者の課題であって、自分の課題ではない。他者への無条件の信頼は道徳というより、対人関係を良くして横の関係を築くための手段として存在する。他者を仲間だとみなすには、自己受容と他者信頼の両方が必要になる。
「アドラー心理学」は様々な自己啓発本にも応用されているが、本書を読んでその理由がわかった気がする。「原因論」ではなく「目的論」の立場に立っているので、それまでの生き方がどうであろうと人は本人の意思や考え方次第で変われるとする考え方と相性が良いからだ。そういう点において「使える理論」だという見方はできる。
もっとも、「アドラー心理学を本当に理解して、生き方まで変わるようになるには『それまで生きてきた年数の半分』が必要になるとさえ、いわれています」と、本書に書かれているのが本当であれば、それはそれで実現にはかなりの時間が必要ということになる。
単行本、296ページ、ダイヤモンド社、2013/12/13
嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え [ 岸見一郎 ]
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