密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

なぜ中国人は財布を持たないのか

著:中島 恵

 

 中国でスマホ決済やシェアビジネスが定着しているという話を耳にすることが多くなったので、手にとった。結論から書くと、スマホ決済浸透の話は本書で大きな部分を占めはするもののそれだけではなく、経済発展に伴い中国の人々の近年の価値観や考え方がどのように変化してきたかについて書かれた本だった。

 

 2016~17年の中国は、それまで以上にスマホ革命といえるくらい、日常生活をスマホが変えた。財布を持たない、持っていても非常用のお金が少しだけ、という人は当たり前。ウィチャットペイの利用者は8億3000万人、アリペイは4億人。両方使っている人も多い。決済時はQRコードをかざすだけなので、今や露店でもスマホ決済が当たり前。店員が胸につけたQRコードからスマホでチップを払うということも行われている。

 

 元々、中国は普通のインフラが整っておらず、偽札が多く、金種も限られ、お金自体も汚い。そのような背景があったので、スマホの普及で、一気にキャッシュレス社会へとかえる跳びした。スマホを活用した自転車のシェアビジネスも大きく伸びている。

 また、スマホで行ったあらゆることが記録に残るようになったことから、これを与信さらには個人の社会的な信用力のポイントとして使う動きが活発化し、「芝麻信用」が普及した。自分の信用度を点数で証明するのである。

 SNSも極めて活発。著者は、中国政府の言論統制については、日本人が考えているほど強くはないというトーンで書いている。

 

 中国の人々の意識も変わってきた。成金趣味的なものが敬遠され、センスの良いものや、洗練されたライフスタイルを追求する人が増えてきた。店員がにこやかに応対したり、ミスがあると謝ったり。交通機関に乗るときに割り込みしようとする人を注意する人がいたり、赤信号でちゃんと止まる親子がいたり。稲盛和夫に心酔してその経営哲学を教える塾が流行る。孔子孟子といった中国の古典も見直されている。パクリも、全体的には以前に比べると少しマシになってきているようだ。

 

 一方、結婚も出産もしない若者たちが増えている。戸籍が都市か地方かで人生が大きく変わるうえに、不動産がないと都市に戸籍を持てない。持ち家志向の強さもあって、大きなローンを抱えて億ションを買う。男女比が男性に偏っているという問題もある。

 

 中国経済における日本の影響は薄れている。若者は、外資を選ぶなら、日本企業ではなく、欧米企業を選ぶ。その一方、中国ではエリート層ほど危機意識が強い傾向にある。

 

 中国は国土が広く、人口も莫大で、地域によっても人によってもばらつきが大きい。日本人は中国や中国人を単純化して見がちで、しかもその常識がひと昔前のものであることが多いと著者は指摘する。ただ、単純に礼賛するのも違うという。スマホ決済が急に普及したのも、そもそも現金が不便で信用できない社会であったからだ。

 いずれにせよ、中国は変わってきており、その等身大の姿を正しく見ることが大切だと思った。

 

新書、232ページ、日本経済新聞出版社、2017/10/11