密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものと考えており、このブログを立ち上げました。日々読んできた本の備忘録を兼ねた書評と内容の概要紹介及び読書感想をまとめたブックレビューのブログです。過去に別名でAmazonのレビュー欄に掲載したものとそちらには未掲載のものがあり、後者は「Amazonレビュー欄未掲載」タグをつけてあります。

米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体

著:ケント・ギルバート

 

「本書は積極的な改憲派が、自説を強化することに役立つかもしれません。しかし、本書を最後まで読んでいただければわかりますが、一部の改憲派の人たちには、かなり耳の痛い指摘もしています。例えば、自民党が2012年に発表した『日本国憲法改正案』の何が問題なのかということについても、正面から堂々と論じています」。

 

 著者のケント・ギルバート氏は日本に長く住むカリフォルニア州弁護士の資格を持つ論客だが、元々アメリカの法科大学院憲法学を学んでいるという。最近、わが国では憲法改正の議論がさかんだが、本書は日本に長く住み国際的な法律の知識も有している立場から、現行の日本国憲法の成立した経緯を詳しくたどりながら、憲法改正に関する著者の意見を述べたものである。いくつかポイントを挙げておく。

日本国憲法第9条第2項の内容は憲法前文と矛盾があり、前文優位の原則に立つならこの第9条第2項は憲法違反といえる。
日本国憲法の原案はGHQが作ったというのは「本当」であり、実際GHQ自身がそれを認めて詳細にその過程を英文の記録に残している(“Political Reorientation of Japan: September 1945 to September 1948”)。そして、その背景をたどると、現在の憲法原案は朝鮮戦争前でかつ冷戦が本格化する前の特殊な状況下と思惑で作られている。よって、その時とは大きく異なる現代の日本が置かれた状況に基づいて改憲するのは自然なことであるし、世界の国々も時代の変化や必要に応じて適時憲法の改正を行ってきた。
近代法体系には「英米法」と「大陸法」の2つがある。日本は明治維新において急速な近代化と価値観の変化に直面したため、過去の判例を積み重ねた英米法ではなく、成文法で条文重視の大陸法を取り入れた。
・日本人には馴染みの無い考え方だが、実は憲法には「憲法典」と「憲法」があり、イギリスのように憲法典を持たない国でも憲法は何度も変えている。そして、「法律の定めるところにより」「法律でこれを定める」と書かれている箇所が30か所以上ある日本国憲法は、法改正による実質的な憲法改正がしやすい憲法典となっている。
・アメリカは加憲主義(現行の憲法に新しい条文や条項を加えること)をとっており、奴隷制禁止や黒人参政権など適時修正条項が加えられてきた。
・ドイツの憲法は旧西ドイツの「ボン基本法」がベースとなっており、東西ドイツ統一後も結局それに修正を加える形で機能している。元々改正がしやすく戦後60回も憲法改正を行っていて1990年年代の基本法変更で軍の海外派兵もできるようになったが、「永久条項」と呼ばれ改正できない条項もある。
・日本に憲法第9条があるから他国が日本を攻撃しなかったのではなく、日米安保条約によって米国と同盟関係を結んだことが抑止力になり日本の安全保障が保たれてきた。実際、韓国は日本に憲法9条があるからと遠慮することはなく力づくで竹島を奪って占拠しているし、中国は尖閣諸島の実効支配のチャンスをうかがい続けており第1列島線や第2列島線を勝手に設定している。
・スイスを理想だと思っている日本人がいるが、スイスは19~34歳の男子全員に兵役を課す「国民皆兵制」を有し、人口830万人中21万人という高い比率の予備役兵を誇る軍事国家で、あちこちに核シェルターがあり、対空砲や戦車などの武器輸出国でもあり、抑止力に多大な労力を払い続けてきたからこそ永世中立国として平和を保てていることを正しく理解すべき。
・日本では集団的自衛権が議論になったが、国際法では自衛権の個別的と集団的という明確な区別はなく、両者は一体のものとして認められている。
・安全保障上のリスクは、同盟関係強化と抑止力強化によって大きく減らせるリスクも考慮した全体のバランスで考えるべきものであり、安保法制反対の意見に見られたアメリカの戦争に巻き込まれるからというような断片的な部分を強調した主張は適切とはいえない。
バチカン市国のような特殊な国を除き、軍隊を持たない国など世界にはまず存在しない。よって、軍隊を認めれば軍国主義だというなら、世界のほとんど全ての国は既に軍隊を持っているので軍国主義国だらけということになってしまう。つまり、軍国主義国か否かを決めるのは軍隊の有無ではなく、民主的な政治体制の有無や、言論の自由を堅持しているか、軍事優先の予算配分や国家運営になっていないかといったことで判断すべきことなのであり、たとえ憲法9条を改正したとしても、現代の日本はどう見ても軍国主義国家ではない。
自民党の2012年版「日本国憲法改正草案」には首をかしげたくなるものが含まれている。特に第11~13条は、「自然権」として保護されるべき基本的人権が公益及び公共の秩序より優位になっているように読める点が問題だと考えられる。
・日本の放送界は新聞と系列になっているが、アメリカでは「クロスオーナーシップ禁止」という考え方があり、日本もメディア相互のチェック機能を確保するために放送と新聞の資本関係の禁止を導入すべき。

 左派からはまるで右翼のように言われることもある著者だが、本書を読む限り、言論の自由の重要性や基本的人権の尊重という民主主義の根幹にかかわる部分では、むしろもっともリベラルな立場に立っている人だといっていい。

 その一方で、憲法第9条のはらんだ矛盾や安全保障の問題を正面からとらえ、感情論や誇張に逃げることなく、丁寧にその誕生経緯をおさらいしながら論理的に改正の必要性とその理由を説明している。加えて、日本及び日本人の憲法に対する考え方は、世界の国々の憲法に対する考え方とは実は結構違う、ということも指摘している。

 憲法改正(著者の説明に準じるなら正確には憲法典の改正というべきかもしれない)に対する各種世論調査を見ても賛成派が半数以上となることが珍しくなくなり、安倍首相が憲法改正に言及し、国会でも自民党をはじめ改憲に積極的な政党が多くの議席を占めているわが国の状況を考えると、憲法改正はけして絵空事とはいえなくなってきている。

 憲法改正の是非に対する考え方は人によって異なるだろうし、改正に賛成する人同士でもどのように変えるべきかについてはさらに意見が分かれるだろうが、憲法改正をわれわれのリアルな問題としてとらえるとき、考えるべき材料や観点を与えてくれるという点で有益な本であるように思われる。

 

新書、232ページ、KADOKAWA、2017/6/10