著:溝口 敦
「薬物の依存症は、自分が起こした出来事の始末を自分でつけられるほど、甘くはない。友人関係や勤務先での交際は破たんするし、親兄弟や妻子まで事件に巻き込み、甚大な被害を与えずにはおかないのだ」
最初は、なるほど、と思いながら読み進めた。しかし、後半になるにつれ、だんだん息苦しくなってきた。これはまさしく、「人間やめますか」の世界である。覚醒剤がどんなに危険なものかはよく語られるし、今では学校でも教えられている。しかし、本書の特徴は、今までおおっぴらに報じられる機会が少なかった、「性の快楽 X クスリの快楽」の相乗効果が、ただでさえ深刻な事態を生み出す薬物の被害をさらに決定的に深刻なものにしていることを、正面からテーマとして取り上げている点にある。
まず、有名人の薬物犯罪のニュースには、かなりの確率で一緒の女性もしくは男性がいることが指摘されている。警察は、覚醒剤常用者を捕まえたら、その被疑者のそばにいる異性にも任意同行を求めて尿検査を行うセオリーがあるようだ。ただし、その影響は男性と女性ではかなり違うし、個人差もある。特に女性の場合は、一度経験すると容易に抜けられないようなスパイラルに陥る可能性があることが、説明されている。
この著者の本は過去にも読んだ記憶がある。長年、裏社会の取材をしてきたノンフィクション作家であり、本書においてもそのキャリアが活かされているように読める。その筋の人々は暴対法の影響などで従来の資金源が細ってかなり追い込まれているが、そのような状況においても覚醒剤は30%を超える収入を生み出している安定かつ貴重な財源であり続けているらしい。日本での末端価格は海外とは比較にならないほど高いため、世界的にもこの国は重要なマーケットになっているようだ。1951年の日本での覚醒剤取締法制定後に製造現場が周辺国に移り、北朝鮮をはじめ多くの国で作られたクスリが日本に入ってくるようになり、それが日本の販売網で売りさばかれてきた簡単な歴史についても書かれている。近年は特別なつながりがなくても、ネットでの購入ができるようになっているという問題もある。警察も人手が潤沢にあるわけではなく、取り締まりにも限界がある。一方、最近は覚醒剤を使う層の高齢化が進んでいるという。様々な啓蒙活動の成果とあまりかっこよくないというイメージのせいで昔に比べて若者がクスリをやらない傾向があるうえに、供給側であると同時に自らも消費する側であるその筋の人々も若い組員が減って少子高齢化している。逆に、若いころに覚醒剤を試したことがある人々が、中高年になって安定的な需要を生み出す層になっている可能性についても言及されている。
我が国は、取り締まりや医療用麻薬の横流し対策については世界的にみて比較的きちんとした制度の元で行われているようだが、依存症対策については取り組みの遅れが指摘されていた。そのため、2016年6月から一部執行猶予制度がはじまり、厚生労働省も依存症治療対策施設の強化に乗り出しているという。ただし、薬物依存症というのは、本当の意味で完全に抜け出すことはなかなか難しいようだ。「覚醒剤やめますか?それとも人間やめますか?」の意味が実感としてわかったときには、すでにやめられなくなっているという闇の怖さを、痛切に感じさせてくれる本である。
目次
第1章 なぜカップルで使うのか?
第2章 覚醒剤とセックスの関係は?
第3章 薬物の闇ビジネスはどうなっているか?
第4章 なぜコカインは高級品なのか?
第5章 暴力団との関係は?
第6章 廃人はいかにして作られるか?
新書、192ページ、新潮社 、2016/12/15