密林の図書室

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減反とはなんだったのか。2018年に終了する減反政策を振り返る。「減反廃止 ―農政大転換の誤解と真実」

著:荒幡 克己

 

 40年以上も続いた日本の減反政策は2018年をもって終了する。しかし、この減反政策が日本の農業に及ぼした影響はあまりに大きい。減反政策とはなんだったのか、どういう経緯でどのように実行されたのか、諸外国の農業のトレンドと何が同じで何がちがったのか、そして減反終了後の日本の農業はどうあるべきなのかについて綿密に書かれた本である。著者は農林省の官僚経験を持つ大学教授。

 実は、減反政策は日本独特のものではない。日本ほど長期間ではないし方法も異なるものの、アメリカでもヨーロッパでも類似の政策が行われてきた。19世紀後半以降農業の生産技術が大きく進歩して農産物の収穫量は大幅に増え、例外的な不作の年を除いて、供給が需要を上回って過剰気味となる事態が頻繁に生じたからである。

 アメリカでは、実行も断続的で日本のように長期間継続するものではないし、強制制がうまくいかず選択制とはしたものの、インセンティブとして「担保融資制度」と「直接補償」を準備。

 方法はアメリカとは大きく異なるがヨーロッパ各国も主に直接補償制度によるコントロールを試みてきた。

 ただし、欧米各国と日本の減反政策が大きく違うのは、農家への直接補償を中心に、市場を生かす形で、農産物の価格低下と農業の生産性向上努力に対して矛盾の無い政策がとられたことである。対象も、日本のようにコメだけというのではなく複数の農産品に及んでいる。
 日本の減反政策は、これらの国とはかなり性質が異なっている。まず、稲作だけに特化している。次に、需要の継続的な減少に伴う需給ギャップからくる価格の下落を食糧管理制度という政府管理によって下支えを試みる政策をとった。そして、耕地面積ではなく収量を基準に割り当てが行われたことで単位面積あたりの生産性を上げようとする努力があまり行われなくなってしまった。

 

 日本のコメ作りは、元々単位面積あたりの収量では世界3位だった。しかし、減反政策を続けているうちに世界13位にまで転落しており、元々小規模農家の多い日本の農業は、同一面積あたりの生産性においても海外に大きく劣る事態を生じさせることになった。

 さらに、経済的な損得で割り切りやすい欧米の制度とは異なり、日本では「五人組」とも称された近隣のけん制の目が効きやすいグレーな方法がとられた。これは、地元の人間関係や生産者のモチベーションにマイナスの影響を与えた。いつのまにか誤解されているが、農協も当初は減反には乗る気ではなかったようだ。

 減反による生産量の枠があるため、単位面積当たりの収量よりも付加価値の高い品種へのこだわりへシフトするようになり、時に微妙な食味の違いしかない品種争いが生じる。一方で、外食産業が求めるような手ごろな品種が不足気味となる事態もおきる。また、当初は大規模農家を育てることを狙っていた個別補償制度も、結局は小規模にも受益がまわる「ばらまき」的な性格になってしまっている。

 このように問題だらけの日本の減反政策であるが、コメだけが標的になったことで、それ以外の農作物への転換の動きを奨励した側面はある。実際、野菜や果物で「XX産」がもてはやされることになった背景には、コメに見切りをつけて他の農作物に活路を見出そうとした農家の努力があった。データ上は、減反によって他の農作物への転換が進んだことが日本の食料自給率を多少高める効果があっと見ることもできるようだ。

 また、減反政策はコメの需要の減退による値下がりに対してそれを緩やかにするくらいの効果があったことも認められるようだ。


 しかし、今や農業を取り巻く環境は大きく変わった。耕作放棄地が増え、農家の高齢化が進み、コメの需要は益々減っている。日本の農業は大きな転換点を迎えている。

 減反が廃止されることになったのは、もはや減反を必要としなくなるくらい農業を取り巻く環境が悪化してきたからと見ることができる。輸出も奨励されてはいるが、現実的にはコメの国内生産量の1%をはるかに下回る水準でしかなく実態としてはほとんど無いに等しい。しかもコメの国内需要は相変わらず低迷している。

 


 著者は今後の稲作のあり方についていくつか処方箋を示している。特に力を入れて解説しているのが、飼料用のコメ栽培の励行である。日本は家畜のエサのほとんどを輸入に頼っているが、トウモロコシの国際相場の高止まりと円安によって国産の飼料米はかつてほど割高感がなくなってきているという。

 また、「粗飼料」と呼ばれる乾草や稲ワラを乳酸菌によって発酵させたものについては、国内産でも輸入ものと比べて価格はあまり変わらないので十分競争力があり需要もあるという。現在一部で行われている飼料向けのコメ栽培は人が食べるのとあまり変わらない品種を用いているが、より家畜の飼料用に適した品種にして栽培方法も変えれば収量も上がる。このように飼料用穀物への期待は大きいものがある。

 また、減反のあいだに他の農作物への転換が進んだものの、現代の日本の農地は70%が水田である。これは明治時代の54%よりもはるかに大きいから、他の農産物用に転作する余地はまだ十分にある。

 生産の担い手の弱体化についても、手を打つ必要がある。兼業農家が多く農家数が減少しているのは、実は日本だけでなくアメリカでも同様で、中小規模層が減少傾向にあるのも同じである。ヨーロッパにみられるように多少分散しても拡大を優先して集落をまたがる借地を進め、さらに減反政策の間に止まっていた単収を上げる努力を行うことで生産性を高めることは可能であると著者ははじいている。

 国内外の多くのデータを示しながら、緻密な検証に基づいて解説されており、大変良質で読みごたえがある。約40年続いた減反政策とは何だったのか、日本の農業をどのように変えてきたのか、そして農業を取り巻く環境が大きく変わろうとしている今、減反廃止という政策転換の節目において日本の農業政策はどうしてゆくべきなのかの指針を考える上でのヒントが詰まった好著である。

 

単行本、368ページ、日本経済新聞出版社、2015/7/16

減反廃止 ―農政大転換の誤解と真実

減反廃止 ―農政大転換の誤解と真実

  • 作者: 荒幡克己
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2015/07/16
  • メディア: 単行本