密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

米中摩擦の背景のひとつ。そして、これは実はすべて日本にも当てはまる。「中国の産業スパイ網 世界の先進技術や軍事技術はこうして漁られている」

著:ウィリアム・C. ハンナス、アナ・B. プイージ、ジェームズ マルヴィノン、訳:玉置 悟

  おそらく多くの人が薄々わかっているつもりでいるだろう。しかし、ここまで組織的に、大規模に、徹底的に、しかも堂々と、行われているとは思わなかった。

 中国がアメリカをはじめとした先進国の技術を根こそぎ漁っている現状とその極めて組織的な仕組みについて解説した本である。

 

「中国が非公式に先進技術を入手しようと手を伸ばしている相手はアメリカだけではない。すべての先進国がこの問題に直面している。その筆頭は、中国のすぐ隣の国だ。本書が書いてきたことはすべて、日本にもあてはまる」。

 

 アメリカ中心に書かれている本なので日本については終盤で数ページにまとめられているだけだ。しかし、もちろん日本も中国の重要なターゲット国になっていて、中国がアメリカでやっていることは、すべて日本にも当てはまっているという。

 本書を読んで一番予想と違っていたのは、こそこそと極秘情報を集めることが中心ではない、ということだ。

 確かに機密情報を入手するための違法な諜報活動も行われてはいるが、多くはオープンになっている公開情報や、そこからたどれる人物が標的になっている。

 どの先進国の、どの大学で、あるいは企業で、研究所で、誰が、何を、ということが徹底的に調べあげられ、トレースされ、論文や、特許や、新製品や、各種発表会でオープンに情報が徹底に吸い上げられ、集められ、管理され、データーベース化され、中国国内の様々なニーズとマッチングされ、幅広く流用されている。

 技術移転を目的にした「先進国の公開情報を飲み尽くす」ための国家総動員のもの凄い組織的体制網が出来上がっているのである。

 

 海外企業の買収や、企業の研究開発センターの中国国内への誘致といったことも、技術移転の手段として活用されている。これも、違法でもなんでもないので、堂々と行われている。

 結局、個別のケースで判断しなければならないものが多いものの、(少なくとも中国の視点では)違法性の高い完全にアウトというものは比率としてはけして多いわけではないという。

 また、だからこそ、中国側は「何が悪いんだ」という感じで、表現は正当で穏やかなものにしているものの、どういう調査関係機関があるというようなことは特に隠したりしておらず、中国語が読めれば普通に調べられるそうだ。

 中国系の人材が世界中にいることも強みになっている。中国政府は海外に留学した優秀な才能を好待遇で呼び戻すことに力を入れてきたが、実際はアメリカに留学した学生で卒業後に中国に帰国する人は少ない。しかし、たとえ海外に行きっぱなしになったとしても、彼らは中国系であることに変わりない。

 中国ではそのような中国系に対しては、外国にとどまったまま祖国に奉仕することを求めている。そして、准教授になったり、重要な研究開発をしている人物はきちんと登録されて行動を追跡されており、見た目はNGOに見える組織などを通じてあの手この手で適時情報提供の協力を求められている。

 アメリカ人のうちで中国系が占める割合は1%にすぎないが、研究開発関係の仕事をしている人に限れば15%が中国系だという。中国からみればこの15%の中国系は他よりはるかに接触しやすいグループであるし、場合によっては祖国への愛国心に訴えたりすることも行われる。

 このように中国の諜報活動は公開情報をターゲットにしたものが中心である。とはいえ、非合法に集められているものも当然ある。重要な情報を持っている人物にハニートラップが仕掛けられることもある。特に、軍事関係の機密情報はその傾向が見て取れる。また、サイバースパイの分野は中国がもっとも力を入れている分野であることが説明されている。遠くからネットワーク経由で侵入できるのであれば、わざわざスパイを現地に送り込む必要はない。アメリカの軍事は強大でも、サイバー空間にはアキレス腱があることを中国は見透かしている。

 


 著者らは、中国の留学生を無警戒に受け入れることを見直したり、輸出規制の制度を改革したり、重要な技術を持った企業の買収を阻止したり、米中対話のチャンネルを強化したりという対策を提言している。

 しかし、本書を読んで、これはなかなか手ごわいな、と思った。非合法なやり方でアクセスされているものは対策をどうするかという話になるが、公開情報については、そもそもオープンな情報についての基本的な考え方や発想自体を抜本的に見直す必要が出てくるからだ。そうなるとカルチャーの問題でもある。結局、国と国との付き合い方を抜本的に変えるしかないところも出てきそうだ。

 繰り返しになるが、中国がアメリカでやっていることは日本でもすべて行われている。けして他人ごとではない。同時に、違法な活動はもちろん論外だが、一般に公開されている情報の集め方や利用や管理の仕方に限ってみれば日本もいくらか見習うべきところがあるかもしれない、とさえ思ったほどである。

 

 現在、米中の間で知的財産権をめぐって激しいつばぜり合いが行われているが、本書を読むとその意味がわかる。そして、何度も繰り返しになるが、ここに書かれていることは、「すべて、日本にも当てはまる」ということを忘れてはならない。

 この本を読むと、時間とコストをかけて失敗を繰り返しながら開発した大切な技術が、中国の構築した様々な情報収集網によってあらゆる手段で巧みに取得され続けてきたことが容易に理解できる。なんとかしなければならない。もう、手遅れかもしれないが。

 

単行本、358ページ、草思社、2015/9/17

中国の産業スパイ網 世界の先進技術や軍事技術はこうして漁られている

中国の産業スパイ網 世界の先進技術や軍事技術はこうして漁られている

  • 作者: ウィリアム・C.ハンナス,アンナ・B.プイージ,ジェームズマルヴィノン,William C. Hannas,Anna B. Puglisi,James Mulvenon,玉置悟
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2015/09/17
  • メディア: 単行本