密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

世界史を変えた新素材 (新潮選書)

著:佐藤 健太郎

 

 金、陶磁器、コラーゲン、鉄、紙(セルロース)、炭酸カルシウム、絹(フィブロイン)、ゴム(ポリイソプレイン)、磁石、アルミニウム、プラスチック、シリコン。人類の進歩において重要な役割を果たした素材を選び、それぞれの研究と応用の歴史をひもといた科学的な読み物である。

1.金

 金は高い治金技術を駆使せずとも得られ、錆びず、変質せず、リサイクルも容易で、まばゆく美しく輝くため、古代から世界中で重視されてきた。

 金銀銅は元素表では縦一列に並び兄弟関係になるが、金はこの中で一番さびにくく安定的である。産出量は銀は金の10倍、銅は銀の数百倍である。金の原子番号は79で安定的に存在できる限界の82に近い。現在までに採掘された金の総量はオリンピックプール3杯ほど。

 黄金には魔力があり、多くの科学者が錬金術に挑戦し、コロンブスは黄金の国ジパングを夢見て遠洋航海に出た。

 

2.陶器

 土器は中国では1万8千年前のものが見つかっている。縄文土器も古いものは1万6千年前のものが見つかっている。素焼きのものが、やがて釉で補強されるものとなる。

 磁器は色のもととなる重金属のイオンをほとんど含まない。後漢時代に登場した青磁は原料に微量の鉄分が含まれるので青緑色をしている。さらに鉄分もほとんど含まないカオリナイトが発見されたことで6世紀後半に白磁が生まれる。今や白いお茶碗は100円ショップにも売られている時代になった。

 現代では化学合成技術によって原子レベルで粒のサイズや炎成速度も細かくコントロールしたファインセラミックスが誕生している。構成元素の変更も容易で、高性能磁石や高温超電導材料にも役立っている。

 

3.コラーゲン

 コラーゲンはタンパク質の一種。毛皮、骨、腱などを組成している。3重らせん構造で、煮込むとゼラチンになる。

 ゼリーや煮凝りやグミになるだけでなく、膠(にかわ)として弓矢の接着剤などに活用されてきた。写真フィルムにも使われてきた。生体との相性がよいので、医療・美容・バイオで近年よく活用されている。

 

4.鉄

 鉄はもっともありふれた物質であるが、酸化しやすい。磁石になりやすく、他の物質を混ぜることで様々な合金が生み出される。ただ、融点が1535度と銅よりも高いので、青銅文明に比べて鉄器文明の登場は遅れたと考えられる。

 かつては精錬のために大量の木材を投入したことで森林破壊の一因になったとも考えられる。

 謎に満ちたダマスカス鋼を除き、錆びない鉄を本格的に実現したものとしてステンレスの発見である。現代では中国が世界の粗鋼生産の5割を占める。一方で、様々な高付加価値品の開発も進んでいる。

 

5.紙

 それまでもエジプトのパピルスなどはあったが、現在の紙に通じるありふれた材料で薄く丈夫なものは中国の蔡倫によって西暦105年に発明されている。

 セルロースはブドウ糖が多糖連結された構造で、似たような構造のアミロースとはブドウ糖分子のつながり方が異なっている。セルロールはブドウ糖が直線的につながるのに対してアミロースはらせん状になる。

 紙の大量生産が可能になったことで情報を書いて記録・伝搬することが容易になり、文明は劇的に変化した。グーテンベルクの活版印刷の登場はさらにそれに拍車をかけた。

 今や情報伝搬の主役はデジタルにかわりつつあるが、セルロースを使った技術はナノセルロースとプラスチックの融合などでおおきな可能性を持っている。

 

6.カルシウム

 炭酸カルシウムは石灰岩の形で日本にも大量に存在する。二酸化酸素が海中でカルシウムイオンと結合して固定化したものである。コンクリート材料として欠かせず、アルカリ性材料として酸性土壌の中和にも使える。真珠も炭酸カルシウムでできている。

 

7.絹

 絹の主成分はフィブロインというたんぱく質である。βシートやβターンと呼ばれる折り畳み構造になっているため分解しにくく、丈夫で長持ちする。

 蚕が吐き出したばかりの糸にはフィブロンの周りにセリシンというたんぱく質が覆う。これを煮溶かすことで隙間ができるため、絹は湿気をよく吸収するし、染める場合もきれいに染まる。

 絹は高価でシルクロードの名としても残っている。1922年には日本の輸出の48.9%が絹だった。現代では化学繊維によってかなり代替された一方で、蚕にクモの遺伝子を仕込んでスパイダーシルクと呼ばれるクモの糸なみの強度の高い糸を作る研究もおこなわれている。

 

8.ゴム

 古くから原型となる競技はあったが、サッカー、野球、ゴルフなど現代の球技が整ったのは19世紀に入ってからであり、その背景にはゴム技術の発展があった。ゴムはラテックスから生成されるが、グッドイヤーが発見した加硫法によって季節に関係なく安定的に使える物質となった。ダンロップがタイヤに応用したことで自動車が急速に普及した。

 

9.磁石

 磁石は羅針盤として利用されていた。ただ、大航海時代には地球の偏角の存在が航海者を悩ませた。近代電磁気学はファラデーとマックスウェルによって確立された。

 20世紀後半以降、磁石は記録媒体に応用されてきた。また、KS鋼やネオジム磁石など日本人の研究者たちがイノベーションをもたらしてきた分野でもある。

 

10.アルミニウム

 アルミニウムは鉄の欠点である重さとさびやすさを克服した夢の素材である。酸素原子と結合しやすく実用化には時間がかかった。

 アルミニウムは、銅・マグネシウム・マンガンを少量添加することでジュラルミンという形で強度が確保できるようになる。これによって、航空産業が飛躍的に発達する。

 

11.プラスチック

 1982年の食品衛生法改正によってペットボトルを清涼飲料水に使うことが許可され、それまでの瓶中心の市場は一気に景色が変わった。他にも、プラスチックは木材・金属・ガラス・陶器で作られていた多くの材料を置き換えてきた。

 プラスチックは、軽くて、丈夫で、成型が容易。弱点は紫外線の影響で長期では劣化しやすいことぐらいである。

 人類が生み出した物質であり、ポリエチレンはじめいろいろなプラスチックが登場して世界を変えてきた。その一方で、マイクロプラスチックによって海が汚染されるということもおきている。

 

12.シリコン

 シリコン(ケイ素)は地球上にきわめてありふれた物質だが、とくに20世紀以降に半導体材料として活躍してきた。半導体材料としてはまずゲルマニウムが使われたが、熱に弱く希少な元素であったので、やがてシリコンが主役となる。半導体の技術はコンピュータの進歩をもたらしITの時代を作った。

 

13.新素材の研究の変革

 現代では、「マテリアルズインフォマティックス」と呼ばれる機械学習を使った新規素材の研究手法が広まっている。従来の経験と勘を頼りにしたやり方にくらべて、学習したデータに基づきAIが最適な材料の組み合わせの提案をしてくれる。アメリカと中国が先行し、日本は数年遅れで取り組みを始めた。

 

 素材は実用性を通じて社会と密接につながっている。それほど科学に詳しくなくも読める内容であり、面白かった。

 

単行本、232ページ、新潮社、2018/10/26

世界史を変えた新素材 (新潮選書)

世界史を変えた新素材 (新潮選書)

  • 作者: 佐藤健太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/10/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)