著:長橋賢吾
量子コンピュータについて入門者向けに書かれた紹介本。従来のコンピュータは0と1の2値によるゲートのアルゴリズムによって実現されているが、量子コンピュータは「量子ビット」 (Quantum bit:キュービット) による量子の重ね合わせと2量子によるもつれ(量子エンタングルメント)によって並列処理を実現する。n量子ビットがあれば2のn乗の情報を同時に計算できることになるため従来の計算機に比べて圧倒的なスケールの並列処理が可能になると期待されている。
古典コンピュータはAND/OR/NOTといった論理ゲートによる演算に基づいているが、量子コンピュータでは量子ゲート(ユニタリー行列でなければならない)による量子演算を行う。
量子ビットの生成方式としては、超電導による「磁性スピン方式」があるが、複数の電極によって荷電粒子を閉じ込めた「イオントラップ方式」も有力視されている。
また、広くは、量子ゲート法と量子アニーリング法があり、以下のような違いがある。
量子ゲート法と量子アニーリング法の違い(※本書の表に一部修正を加えてある)
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量子ゲート法 |
量子アニーリング法 |
概要 |
古典コンピュータの論理ゲートに相当する量子ゲートで量子ビットを操作 |
焼きなまし法を用いて、最適な組み合わせを特定 |
量子ビット数 |
50量子ビット程度 |
2000量子ビット |
利点 |
論理ゲートのようにわかりやすく汎用性がある |
巡回セールスマン問題(組み合わせ最適化問題)解決に適している |
考慮点 |
ノイズに弱い |
組み合わせ最適化など特定の用途に限定。光ニューラルネットワークやイジング計算機でもできる。 |
主な開発企業 |
IBM, Google, Intelなど |
D-Waveなど |
今後の展開 |
量子超越性の実現 |
古典コンピュータとの連携 |
量子ニューラルネットワークという方法もあり、これはニューラルネットワークのニューロンに相当する時分割多重OPOパルス(Optical Parametric Oscillator)と、それをどう結合するかを担う量子測定フィードバック(近似測定・FPGA・フィードバック信号生成)によって波束の収束による相移転を実現することで最終的に最適解にたどりつくもので、量子コンピュータそのものとは言えない。
もっとも、何をもって量子コンピュータといえるのかは、量子ビットが中核的な役割を果たすという以外は必ずしも確定されているわけではない。そこで、ディ・ヴィンセンゾという人が、量子コンピュータ基準というのを発表している。それは次のようなものである。
1.十分な規模の量子ビットを用意できること
2.すべての量子ビットを基準の状態にセットできること
3.量子計算が終了するまでコヒーレンス時間が続くこと
4.どんな量子ゲートでも構成できること
5.量子ビットに特化した計算結果を測定できること
6.量子ビットを定常的に移動させることができること
7.量子ビットを特定の位置内で移動させることができること
量子ゲート方式ではエラー訂正が重要なポイントになり、そのために階層式量子コンピュータというのが考えられている。これは以下のように機能を階層化して実現する考え方になる。
層 |
役割 |
機能 |
第5層:アプリケーション |
量子アルゴリズムならびに古典計算機との橋渡し |
量子計算・量子アルゴリズム |
第4層:論理 |
ユニバーサル量子計算機を実現するための基盤の構築 |
アプリケーション測定、アプリケーション量子ビット、アプリケーションビット |
第3層:量子エラー訂正 |
基準値を下回った場合、エラー訂正 |
論理測定、論理量子ビット、論理CNOT、補助状態の挿入 |
第2層:バーチャル |
ダイナミックリカップリングなどのエラー制御 |
Z軸測定、X軸測定、バーチャル量子ビット、バーチャル1量子及び2量子ビットゲート |
第1層:物理 |
量子ビットの制御 |
QND(Quantum NonDemolition)の測定、量子ビット、ホストシステム、1量子ビットゲートならびに2量子ビットゲート |
古典コンピュータの論理演算では、2つの入力からひとつの出力ビットが得られる。しかし、1量子ビットゲートでは、2つの状態の入力からユニタリー変換を行って2つの状態が得られる。
2量子ビットゲートの場合は「制御ビット(コントロールビット)」と「標的ビット(ターゲットビット)」による量子ゲートとなる。そして、以下のように4つの値を持つ量子ゲートをCNOT(制御NOT)ゲートと呼び、以下のような値を持つ。
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4 |
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量子コンピュータの活躍が期待される分野としては、人工知能、仮想通貨、分子シミュレーション、暗号といったものがあげられている。また、グーグル、IBM、マイクロソフトといった会社や、中国や日本の量子コンピュータ研究についても紹介されている。
一見わかりやすく書かれているように見えるが、量子コンピュータの原理については本書だけで理解するには無理があるように思われる。一方、量子コンピュータの可能性や研究の状況については、特に前提知識がなくても読み下せるところが多い。
単行本、224ページ、秀和システム、2018/9/26