編集:理化学研究所 脳科学総合研究センター
「本というのは一人で書くのに越したことはないのですが、脳研究の最前線を隅々までわかっている人はいないのです。…(中略)…一人の研究者がすべての最先端の脳研究について熟知することは、ほとんど不可能なほど、広くて深いのです」。
生命科学の中でも、脳科学はもっともホットな分野のひとつだといっていい。理化学研究所脳科学総合研究センターにおける9つの最先端研究を紹介した本。
第1章は1987年にノーベル賞を受賞した利根川進センター長が担当。初期アルツハイマー病とシナプス後部にあるスパインという構造との関係を、マウスでの実験で明らかにした成果を説明している。
第2章は、動物のエピソード記憶に着目しながら、脳における時間と空間と経験と記憶の関係について迫っている。
第3章は、ニューロン同士のコミュニケーションについて。シナプスの信号伝達が前部から後部だけでなく後部から前部に強度のコントロールをリクエストしていること、そして、グリア細胞の一種のアストロサイトがシナプス間の強度バランスを調整していることが述べられている。
第4章では、ショウジョウバエの脳を使った実験から、匂いのような外界からの刺激を脳がどのように処理しているのかについての仮説について。
第5章は臨界期のより汎用的なモデルの追求及びヘブ則という仮説と恒常性の可塑性についての考察。足し算のモデルだとうまくいかないが、掛け算のモデルだと2つのモデルに競合が働かずに上手くいくという。ディープラーニング研究と脳科学との関連性に基づいた話もある。
第6章は神経回路との関係について。特に、恐怖記憶と脳のメカニズムについて、マウスでの実験とそこから推測できることについて解説している。工学分野の予測誤差に対応する信号が実際の脳においても生じているという。
第7章は蛍光たんぱく質やオプトジェネティクスの脳科学での利用に関する研究の紹介。
第8章では、ネプリライシンというタンパク質分解酵素やカルシウムシグナルなどの解説を行いながら、心の病の治療法についての研究を紹介している。ミトコンドリアDNAが心の病のメカニズムとも関係あるというのは興味深い。
第9章では、親子の関係について、マウスを用いた脳科学の実験でからわかってきたことについて語られている。
脳は知能や本能や記憶や判断において不可欠な器官であり、まさに人間が人間として活動するにおいて中心的な役割を果たす。本書にも何か所かで触れられているように、現代では人工知能においても脳のモデルが応用されている。いかにもBlueBacksらしい企画である。
また、本書を読みながら、この分野はまだまだ発展途上であり、今後も次々いろいろな成果が発表されることになるだろう、ということを強く感じた。
新書、324ページ、講談社、2016/11/16