著:吉村 絵美留
結構前の本だが、面白そうだと思って買った。実際、とても面白かった。著者は国内外の多くの画家の作品の修復を仕事としており、豊富な経験とエピソードに基づいて、絵画修復という仕事を紹介すると同時に、一般の絵画鑑賞ではわかりにくい画家たちの手法や画材の秘密、作品の隠された姿や特徴について説明している。
数多くの画家の作品が登場する。肌の影の部分には青を入れてその上から肌の色を重ね塗りしているルノワール。明るい色を塗ってからその上に薄い白を塗ることで透明感のある色彩を出していたコロー。絵の具に本当の壁の材料である炭酸カルシウムを混ぜていたユトリロ。きめ細かい薄い麻布に堅い下塗りを好んだことで痛みやすく修復しにくい藤田嗣治の作品。カシュウと胡粉を用いた岡本太郎。金箔を膠でキャンバス全体に張ってその上に絵の具を塗っていた梅原龍三郎。比較的傷みにくく、修復もそれほど困難ではないモネ。デッサンの修正の跡が見られない抜群のデッサン力を持っていたロートレック。時代によってあまりにも描き方が違っていて直していて同じ画家のものとは思えないピカソ。下に薄いグレーを下塗りしてそれが完全に乾いてから淡い色を塗ったローランサン、他。
調査段階では可視光を当てて表面の凹凸を確認したりするだけでなく、依頼者から了承をもらって以下のように波長の違う電磁波を当てることで、いろいろなことがわかるという。
・X線:絵の具層やキャンバス、木枠などがどんな構造になっているのかを確認する
・紫外線:作品に後から手が入っているのかを確認する
・赤外線:下描きやデッサンなどが残っているのかを確認する
修復テクニックの実際についても解説されている。実に根気と繊細さと探究心が必要とされる仕事だということがわかる。変色したニスを全部落とさずに2割程度残して古い風合いが残るようにしたり、修復によって贋作だと思われたりしないように注意するといったような配慮も必要になる。
逸話の数々も興味深い。依頼作品は行方がわからなくなっていたルーカス=クラナハの3点のうちのひとつだった。中村不折の婦人像にX線を当てて浮かび上がってきたもの。絵の下にあった別の名作。依頼された作品は贋作だったということもあるそうだ。
絵画修復という珍しい仕事を通じて得られた絵画に対する知見が多く盛り込まれており、絵に関心のある人には、一般の解説本とは少し違う知識が得られるという点で、地味ながら、なかなか良い本であった。
新書、195ページ、青春出版社、2004/1/1