密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

目指すは「ウィン・ウィン」。もっとも重要な三大要素とされているのは、「情報」「時間」「力」。『FBIアカデミーで教える心理交渉術 』

著:ハーブ・コーエン、川勝 久

 

 交渉術の本である。1980年にアメリカで出版され160万部売れたという"You Can Negotiate Anything"の邦訳版。1981年と2008年に邦訳版が出ており、これは2015年1月に刊行された文庫版のレビューとなる。

 著者はハーバード大学やFBIアカデミーでも教鞭をとった交渉の専門家。今や日本でも「ウィン・ウィンの関係」などと一般的に使われるようになった「ウィン・ウィン」「ウィン・ルーズ」「ルーズ・ルーズ」という本書にも登場する用語は、この著者が広めたらしい。

 

 特に最初の部分には、日本的な感覚だとどうかな、と思われる意見もある。しかし、特に中盤以降は汎用的な内容が多い。また、著者の失敗談をはじめとする具体例が豊富で、結構面白いものも含まれている。

 日本人と交渉した話も2つ出てきて、なかなか本題を切り出さず接待攻勢を受けた挙句に交渉が始まったときにはもう時間切れギリギリであったために結局著者が妥協せざるをえなかったという話とかは、思わず笑ってしまった。今は日本も当時とは変わってそんな余裕のある組織は少なくなってきただろうが。

 

 もっとも重要な三大要素とされているのは、「情報」「時間」「力」。交渉能力とは、この3つを分析して利用することで相手の行動に影響を与える能力のことだという。

 ただ、かけひきは弱いものでもできる。たとえ答えが予測できたとしても、質問する側に回る。自分に選択肢があることを示す。存在する危険性を考える。

 後退する危険性は、前進するための必要経費。相手の真の要求を見定める。可能であれば相手に自分と一体感を持たせるように仕向ける。まず、こちらから共感を示すこと。自分の言っていることが相手の要望にどう関係するかわからせる。期限に振り回されないこと。

 

 相手と関係のある第三者や相手のライバルから情報を得ておく。言葉以外のボディーランゲージなどにも注意する。相手の良心を揺さぶる。策略は策略だと悟られないようにする。理不尽な挑発にはのらない。

 譲歩する場合でも出し惜しみする。「共存共栄」の関係を探る。常に相手に敬意を払い、相手の立場や見解に立って考えよう。情報を分け合い、互いの要求を認め合う

 

 「ウィン・ウィン」の解決に持ち込むには、相違点とその原因を突き止め、信頼に根ざした本当の関係を築く。たとえ要求が合わなくても互いを敵対者にしない。信頼は潤滑油になる。

 未来を予想し、行動する。方法論などでの対立を避けるために、手段ではなく目的協調の機運を作り、懸案のアウトラインの合意をまず形成するようにする。意見の対立はかまわないが、本能や感情の対立は長引くので避ける必要があり、そのためには相手に誠意と敬意を持って接するように注意する。柔軟性のある解決策を探す。

 正論は必ずしも自分のためにならない。妥協と協力は違う。妥協はあくまでも最後の手段。交渉に勝つためには必ずしも相手を犠牲にする必要はない。

 人間には個性があり全く同一の好き嫌いや価値観を持っているわけではないのでそれぞれの要望が両立する道は結構ある。規則というのは一般論で、どんな規則にも例外はあり、正当に破る方法もある。

 場合によっては、からめてから攻めてみる。人間的つきあいの無い人には攻撃がしかけやすいものなので、交渉相手には自分の人間性をアピールし、相手を持ち上げ、血の通った関係を作る。

 

 かなりページが費やされている旧ソ連と交渉したときの話も興味深かったが、今はソ連は無くなってしまったから、そういったところには時代を感じる。ただ、多くの内容は普遍的である。気軽に読めて、具体的で、わかりやすい。しかし、その背景には人間というものに対する鋭い洞察力がある。

 

文庫、272ページ、日本経済新聞出版社、2015/1/6

 

FBIアカデミーで教える心理交渉術 (日経ビジネス人文庫)

FBIアカデミーで教える心理交渉術 (日経ビジネス人文庫)

  • 作者: ハーブ・コーエン,川勝久
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2015/01/06
  • メディア: 文庫