密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密 (ブルーバックス)

著:中島 春紫

 

 「発酵と腐敗を区別するのは科学ではなく、文化である」(小泉武夫)という。食品を保存し、うまみを引き出し、消化吸収と栄養価を向上させる。発酵という言葉の定義はあいまいで、細菌による発酵をともなわない紅茶の発酵も発酵とされるが、チーズ、納豆、日本酒、しょうゆや味噌、ヨーグルトといった食品の発酵は細菌による変化が伴う。

 

 発酵について書かれた本。ビールやパンやワインやビネガーやチーズといったものについても書かれてあるが、タイトルにある通り、基本的に日本の伝統的な食品についての説明が中心である。

 

 糖分の発酵は、乳酸発酵かアルコール発酵になる。微生物がどちらの発酵を主として行うかは、その微生物の中で乳酸脱水素酵素とピルビン酸脱炭酸酵素のどちらが強く働いているかで決まる。乳酸菌は強い乳酸脱水酵素を持つので乳酸発酵を行い、パン酵母はピルビン酸脱酸酵素が強いので主にアルコール発酵を行う。

 

 しょうゆ、味噌、みりん、日本酒は、すべて麹菌と呼ばれるカビ菌の一種である黄麹菌(アスペルギルス・オリゼー)を用いる。東アジアや東南アジアではコウジカビではなくクモノスカビを用い、コウジカビを用いるのは日本だけである。

 猛毒のアフラトキシンを作るアスペルギルス・オリゼーと麹のアスペルギルス・オリゼーは極めて似ており、かつての日本では経験的にカビ毒を生成する遺伝子の機能を失った株を選別して育てたことでこの独自の菌が生まれた可能性が高い。

 

 日本酒作りには温度管理が重要で、技術的に温度管理ができるようになる前は冬場に行われた。温度が上がりすぎると酵母よりも乳酸菌の繁殖が進みすぎてしまって腐造になるためだ。

 一方、焼酎には黄麹菌ではなく、黒麹菌やそこから派生した白麹菌が使われる。黒麹菌はクエン酸を大量に作り乳酸菌の生育もできなくなるので、その状態で酸に強い酒造酵母がアルコール発酵する。ただ、クエン酸を含んだ酒はすっぱいので、一旦蒸留することで飲むようになった。

 ちなみに、麹酸は美白に効果があることが古くから知られているという。

 

 乳酸菌は乳酸を生成する微生物の中で、胞子を形成せず、運動性を持たず、ナイアシンを必要とするものの総称である。乳酸菌は酸素を好まない。

 

 酵母は生活環の大部分を単細胞で過ごす菌類で、出芽により増殖する。酒類の醸造かパン生地の製造に用いられてきた。パン生地用としては、アルコール発酵によって二酸化炭素が発生してパン生地を膨らませる。

 酵母でアルコールを作るときには、酸味の原因となる乳酸菌の繁殖を抑えることがポイントで、ワインの場合は亜硫酸塩を加え、ビールではホップを加えて乳酸菌を抑制する。日本酒の場合には、乳酸菌の出す乳酸によって酸性にして雑菌を死滅させ、酸に強い清酒酵母を大量に用意して低温で発酵させることで母酒を造る。

 

 納豆は納豆菌によって発酵する。ねばねばの正体はγ-ポリグルタミン酸にフルクトース(果糖)の重合体が絡みついている。納豆の発酵には大量に酸素を必要とする。発酵によって、タンパク質は消化されやすいようになり、多くのビタミン類を生成する。

 

 味噌は麹菌を穀物と大豆と塩で仕込んで発酵させ、しょうゆに比べて比較的手軽に作れる。よって、古くから家庭で作られてきた。今でも、種類も業者の数も多い。

 タイのナンプラー、ベトナムのニョクマム、秋田のしょっつるといった魚醤は内臓ごと魚を塩漬けにすることで内蔵の消化酵素が魚肉部分を分解してゆき、同時に消化酵素に含まれるプロテアーゼがタンパク質をアミノ酸に分解してうまみを作る。

 日本のしょうゆで最も大きな割合を占める濃口醤油は原料として大豆と小麦をほぼ同量使って麹により発酵させ、搾りと加熱処理を行って生成する。他に、淡口醤油、白醤油、再仕込み醤油、溜醤油があり、JASで規格が定められているために、業者間の製品の差は小さい。醤油の生成過程では腐敗菌の繁殖を抑制するため16~18%の塩分が必要であり、減塩醤油はそこからイオン交換膜を用いたりして塩分を抜く工程を加えることで実現している。

 

 漬物は、発酵を経ないものもある。浅漬けはその代表で、塩分濃度も低いため、冷蔵保存が必要で早く食べる必要がある。ぬか漬けに用いるぬか床は、塩分を6~7%に保って雑菌の繁殖を抑えながら乳酸菌をはじめ多数の細菌がバランスを保って生育するようにするため、手入れが欠かせない。

 西洋では、ザワークラフトやピクルスのように酢漬けか塩漬けが中心である。

 

 乳酸菌の発酵食品としては、日本では鮒ずしがあるが、西洋から入ってきたヨーグルトやチーズもすっかり身近なものになった。食酢も代表的な発酵食品である。

 

 こうして見てゆくと、発酵という現象が、私たちの食生活において重要で欠かせないものであることがわかる。身近なものを科学で理解するという点で、教養書として適したテーマと内容の本であるように思われる。

 

新書、264ページ、講談社、2018/1/18

 

日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密 (ブルーバックス)

日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密 (ブルーバックス)

  • 作者: 中島春紫
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/01/18
  • メディア: 新書