密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

SEIKOがトップダウンの決断で開発を決めたクオーツ時計と電子計時がスポーツにもたらした革命。『「世界最速の男」をとらえろ!: 進化する「スポーツ計時」の驚くべき世界』

著:織田 一朗

 

 スポーツにおける記録測定の技術の進歩について解説した本。著者は、元著者は株式会社服部時計店(現セイコーホールディングス株式会社)社員。後半では、計時担当チームの一員として世界を駆け巡った頃のエピソードが加えられており、なかなか面白い。

 正確な記録の計測はスポーツには欠かせない。1964年の東京オリンピックは、この点において歴史的な区切りとなった。科学五輪を掲げ、クオーツ時計と電子計時システムによってオリンピックの計時技術に革命がもたらされたからだ。そして、担当したSEIKOブランドは世界にその名を広めた。

 しかし、実は当初セイコーにはスポーツ計時の知識が十分ではなかった。しかも、短期間で、開発費用もリスクも全て負って、完成品は無償で提供するという条件である。多くの反対があったにもかかわらず、当時の服部正次社長のトップダウンの決断で、オリンピックのオフィシャル・スポンサーへの挑戦が行われた。

 現在、五輪レベルの大会の計時を担当できるのは、セイコーとスイスタイミング社の2社だけだという(スイスタイミング社は大会や競技に応じて同じスオッチグループのロンジンやオメガなどの名前を載せている)。

 前半は、それ以前の時代のスポーツ記録測定の歴史を紹介している。ストップウォッチは元々医療用機器であった。第1回近代五輪アテネ大会では、ロンジン社が5分の1秒単位で最大30分計測できる機器を作って間に合わせたが、公式記録は秒単位のものだけが採用された。実際、当初のストップウォッチは大型で精度が低かった。

  1962年に第二精工舎がハートカム式のストップウォッチを開発し、その正確さによって国際陸連や国際水連にオフィシャルタイマーとして認知され、SEIKOがIOCの東京五輪オフィシャルタイマーとして認定される追い風にもなる。

  1932年のロサンゼルス五輪では部分的に写真による着順判定が導入される。

 


 計測精度の高まりが新たな矛盾を生んだことも紹介されている。例えば、競泳では1000分の1秒単位の記録測定が一時採用されたが、この差は距離にするとわずか1.48ミリにしかならない。これでは、コースによる波の微妙な違いやプールの場所ごとの建造誤差の幅の方が上回ってしまって意味がない。結局、100分の1秒ごとに戻されてその範囲で同じであれば同着とするように決められたという。フライングの許容時間幅についても様々な議論が行われてきた。

 実際の計時の現場ではいろいろなことがおきる。野良犬が飛び出してきて選手より先にゴールイン。ネズミが電源ケーブルをかじっていて使えなくなっていた。特に発展途上国ではトラブルがつきもので、手伝ってあげましょうといわれていつの間にかケーブル類を根こそぎ盗まれたこともあったという。

 様々なリスク管理のノウハウが欠かせないことがよくわかる。保管場所や運送便を分散させる。マイナス30度の極寒の地や、灼熱の世界でも、機器を正確に故障なく動かさなければならない。毎朝、正常動作を入念にチェックし、トラブルや故障に備えた予備部品の準備はもちろん、計測においてもバックアップを動かしておく。計時チームの担当者達は長時間拘束されるため、特に真冬や真夏においては体調管理もしっかり行う必要がある。

 スポーツの世界において今や絶対に欠かせないものであるのに、普段は脚光を浴びることが少ない計時そのものについて、実際の現場の苦労話も交えながら解説していて、地味だが、なかなか興味深い本だった。

 

単行本、237ページ、草思社、2013/7/24

 

「世界最速の男」をとらえろ!: 進化する「スポーツ計時」の驚くべき世界

「世界最速の男」をとらえろ!: 進化する「スポーツ計時」の驚くべき世界

  • 作者: 織田一朗
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2013/07/24
  • メディア: 単行本