著:秋山和慶、冨沢佐一
理想とするのは、指揮者が目立たずオーケストラが素晴らしい演奏をすることだと言う。斎藤秀雄の愛弟子の一人、指揮者秋山和慶氏の回想録である。
この人のレパートリーは広く、800曲以上ある。しかも、そのほとんどを暗譜しているという。
クリーブランド管弦楽団に客演した際に学んだ細部にこだわった練習の大切さ。「アキヤマの指揮なら100%OKだ」と言われる数多くの世界的なソリストとの信頼関係。グレン・グールドと握手したときのことや、ウラディミール・アシュケナージと共演した後に指揮についてアドバイスを求められたことなど、いろいろな話が出てくる。
東京交響楽団が経営危機を迎えたときの苦労。トロントをはじめとした海外のオーケストラへの客演。そもそもの生い立ち。斎藤秀雄氏への感謝。いろいろなエピソード。そのようなことが書かれている。日本のオーケストラを率いての海外公演の思い出、大の鉄道マニアであることや、ヴァンクーヴァーの豪邸の様子、家族への感謝も綴られている。
「彼(秋山和慶)の指揮は信じがたいほど素晴らしい。何があっても間違うことはありません。楽団員が違った音を出したら的確に指摘する。まるで10個のボールを同時に回しているようです」(ヴァンクーヴァー交響楽団ヴィオラ奏者ローレンス・ブラックマン)。
秋山氏にインタビューを重ねてこの本をまとめた富沢氏が、あちこち取材して集めた関係者の発言や当時の記事などの情報をまとめたコラムがはさんである。こちらは、本人の発言ではなく周囲のものなので、また違った視点になっていて面白い。
若いころにベルリンフィルからの客演の依頼を3回断ったという。もし、ベルリンフィルの方を優先していたら、違う人生になっていた可能性があったことは本人も認めているが、既に東京交響楽団との予定が入っていたからそちらを優先しなければという律儀な想いがあったようだ。
恩師の斎藤秀雄氏からの教訓もあってオーケストラとの練習でもあまり怒ったりしないらしい。後進の指導にも熱心で、主要な指揮者で秋山氏を師の一人として名前を上げた人は30人にのぼるという。同じく斎藤秀雄氏の教え子で秋山氏の兄弟子である小澤征爾氏は、「秋山さんは、斎藤先生のいちばん理想的な弟子だと私は今でも思っておりますし、斎藤先生の指揮法をいちばん正しく受け継いでいるのが秋山さんです」と述べているそうだ。
秋山氏の指揮は私もコンサートで何度か目にしている。凄い指揮者なのに、それほど派手さがなく、あまりにレパートリーが広いことがかえって災いしている観すらある指揮者であるが、むしろそれこそが秋山流の真骨頂なのだ、とも思った。
単行本、288ページ、アルテスパブリッシング、2015/2/25