密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

なぜ、あんな男がアメリカ大統領になれたのか。誰が支持しているのか。『ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く』

著:金成 隆一

 

「この5つ(の製鉄所などの閉鎖)だけで3万人の雇用が消えた。人間は仕事がなきゃ幸せになれない。日本人も同じだろう、なあ?」「この辺じゃブルーカラーはみんな民主党支持者だったが、アメリカは自由貿易で負け続け、製造業はメキシコに出て行ってしまった。ここに残っているのはウォルマートやKマートで他国の製品を売る仕事ばかりじゃねえか。…(中略)…もう政党なんてどっちでもいい、強いアメリカの再建にはトランプのような実業家が必要だ」(オハイオ州の元鉄鋼マン)。

 
 トランプがアメリカの大統領になった。そして、大統領になっても、物議を醸しだす発言や政策を連発している。しかし、そもそも、攻撃的で差別的な発言を繰り返すあんな男を、どうして多くのアメリカ人は支持したのか?賛否以前に、そこに疑問を感じた人はたくさんいたはずだ。実際、アメリカでも大都会ではトランプの支持率は極めて低かった。秘密は、それ以外の地域の人々が考えていることや、抱えている問題にあった。

 

「オレたちアメリカ人は、給料から社会保障費も税金も払う。不法移民は何でも負担を逃れる。母国にドルを送金すれば、何倍もの価値になるから、安くてもここで働く。ここで生まれ育ったアメリカ人が、この競争に勝てるわけがない」(不法移民に建設現場の仕事を奪われ経営していた会社が倒産したというサウサンプトンの男性)。

 
 本書は、かつて製造業の中心であり労働組合員たちに支えられた民主党の基盤でありながら、今回の大統領選挙ではトランプ支持に回る人が多く出て選挙戦の行方に大きく貢献することになった「ラストベルト(錆れた地域)」と呼ばれる5つの州を中心に、アメリカの14州約150人の一般のアメリカのトランプ支持者との会話に基づいて書かれている。みんな、名もない人たちだ。日本人の記者に対して、いかにもアメリカ人らしく気さくに語り、親切に接する。そして、そんな彼らの発言からは、現代のアメリカが抱えている問題がはっきり見えてくる。

 中間層の没落。一人平均1000万円以上の借金をして大学を卒業しても良い仕事が無いという現実。製造業の空洞化。低賃金での労働もいとわない移民の増加。貧富の差の増大。予想以上に負担が大きかったオバマケアへの不満。難しくなったアメリカンドリーム。このような流れを作ってきたエスタブリッシュメント層への反発。本書でも取り上げられている民主党の予備選挙で大健闘したバーニー・サンダースが呼びかけていたように、「週40時間以上働く人が貧困に陥るべきではない」という主張、つまり一生懸命働いているのに貧困層だとしたら、それは自己責任というよりも社会の方に是正すべき点があるのではないかという見方は、日本にもあてはまるのではないか。

 

 「今の政治家は、みんなうさんくさい。代表がヒラリー・クリントンだ。…(中略)…でもトランプは全部本音だ。彼が言うことは、彼が本当に考えていることだ。時に言い過ぎるけど、それも含めて憎めない」(テキサス州の電気技師見習い)。

 

「実際に国の主要政策を変えるとなると、そこで利益を得てきた大企業は猛反発する。そういった改革を実施できるのは、資金面で特定の誰かの世話になっていないトランプしかない」(フロリダ州のIT技術者)。

 
 実は、アメリカの大企業にはグローバリゼーションの中で成長した会社がいくつもある。グローバリゼーションはアメリカ化という見方もできる。しかし、そのグローバリゼーションが、国内においてその恩恵を受けた層と被害者であるという認識を持つ層を生み出していることは、日本やヨーロッパにも共通するものがある。著者の主張や解釈にすべて賛同するかどうかはともかく、草の根の取材を通して、どうしてトランプが大統領選に勝てたのか、その陰でアメリカにどのような問題があるのかは、見えてくる本だった。

 

 新書、272ページ、岩波書店、2017/2/4

ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く (岩波新書)

ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く (岩波新書)

  • 作者: 金成隆一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/02/04
  • メディア: 新書