著:神部 智
「音楽は悲しみから生まれるのです」
(1957年9月24日に夫の遺志を継いだ妻のアイノにより新聞掲載されたシベリウスの死亡告知の言葉)
シベリウスはベートーヴェンやバッハやショパンのようにクラシック音楽に関心のない人でも普通に知っているという作曲家ではないかもしれないが、近代北欧が生んだこの芸術家の遺した音楽はハマると抜けられなくなる魅力と特徴がある。
たとえば私の場合、交響曲のCD全集だけでも気が付けば17セット所持している。そのようにシベリウスにはまっている人は日本にもそれなりにいて、2年前にはシベリウスファン以外はほとんど知らないラハティ交響楽団がわざわざ来日してシベリウスの交響曲全曲を3日にわけて演奏会するようなこともあった。ただ、書籍となると、今まで日本語で書かれたものは、けして充実していたとはいえない。
2017年12月に出版されたこの本は、これまでのシベリウスに関する文献不足の不満を大きく解消するもので、質量ともに大変充実した内容の本であった。
家系や生い立ち、音楽の道に進んだ経緯、周囲の人々の支援とあつれき、ドイツやオーストリアへの留学、民族運動のうねり、パリ万博での成功、酒やたばこの害、放蕩による財政的な困難と北欧の英雄を支える国の年金や識者たちの支援、妻のアイノ、次々と亡くなった子供たち、アイノラ、各作品が作曲された経緯と生みの苦しみ、死を迎えるまでが、詳細に書かれている。
作品解説と年表も大変充実しており、その2つだけでも100ページ近い。シベリウスに関心のある人には、文句なしでおすすめできるものになっている。
本書を通して読んでシベリウスは2つの点で大きな転換期に生まれたことを改めて痛感する。
まず第一に、帝政ロシアの配下にあったフィンランドが民族意識の高まりとともに独立を歩んだ転換期。
第二に、クラシック音楽が様式や調性や技法といった点で大きく変化した転換期である。シベリウスは独立に向かって歩み始めた人々の精神的な支柱となるような民族的な作品をいくつも作ってフィンランドを熱狂させたが、交響曲第3番ハ長調以降は内省的傾向が強くなり、聴衆を困惑させる。しかし、彼が残した7つの交響曲はすべて異なる性格の作品でありながら、全てが名作である。そしてそのような進化はシベリウスの並外れた生みの苦しみとこだわりの中で生まれていることがよくわかった。
また、交響曲や傑作中の傑作のバイオリン協奏曲に比べると、日本語での情報量が少なく、言葉の意味がわからないので少し遠い感じのある声楽曲や、多少地味な扱いになりがちな弦楽四重奏曲をはじめとする室内楽の解説もこまかく載っているのはうれしい。いずれにせよ、素晴らしい本である。