密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

チーム・ブライアン

著:ブライアン・オーサー

 

「私は多くの出会いに恵まれ、信頼できる人、才能のある人たちと共に日々を過ごしてきただけのことなのです。コーチとして成功を収めたと言われる私がいま忘れてはならないのは、選手を支えてきたあらゆる人々への尊敬と感謝です」(ブライアン・オーサー)。


「僕の考え方を阻害しないように気を遣いながら、僕にとって一番のジャンプのフォームとか、練習プラントか、ピーキングとかを考えてくれる。僕だけじゃなくて、それぞれの選手に対して合っている個別のメソッドを探して、確立してくれるんです」(羽生結弦)。


 選手時代にはオリンピックで2大会連続銀メダルを獲得し、プロ・スケーターからコーチに転身してからは2014年の羽生結弦の金メダルなどを支えたフィギュア・スケート・コーチの本。

 冒頭は羽生結弦選手との対談となっており、それ以降はスケートを始めた経緯やライバルとデッドヒートを重ねて0.1ポイント差で金メダルを逃した1988年のカルガリー大会のことなど、選手時代及びコーチになってからのことが綴られている。

 コーチとしてのキャリアを本格的にスタートさせたのはキム・ヨナが最初のようだが、本書を読みながら、この人がいなければ、当初は毎日練習中に泣いていたというキム・ヨナバンクーバー五輪での金メダルは無かったのではないかと思った。あの「007」のプログラムもそうだし、本書の終盤に出てくる「演技構成点(PCS)」と「技の出来栄え(GOE)」へのこだわりは、まさにその成果といえる。

 「放っておくと、1日中寝ています」という、ハビエル・フェルナンデス選手に関するエピソードの数々はとても面白い。いかにもスペイン人らしいが、ライバルである羽生結弦選手がチームに加わると聞いたときも妬んだりせず、「それはすごいねえ!」と言う大らかさだ。そして、つねに全力で演じる羽生選手については、「ユズルは若い頃の私にそっくりな双子の弟のようなものです」という。愉快なハビエルと一生懸命のユズルという同じチームの対照的な性格の2人は、練習中に一方が転倒したらもう一方が手を差し伸べ、一方が4回転を決めたらもう一方が拍手し、ガチガチに張り合うわけではなく、お互いに大好きなのだ、と紹介されている。

 ソチ五輪の舞台裏についてもページを割いて語っている。羽生選手の最大のライバルであるパトリック・チャンとの勢力図が変わった福岡でのグランプリ・ファイナル。結果的にミスはあったが、実は練習の時点で見えていた勝利。選手を消耗させたソチ・オリンピックのスケジュールへの疑問も書かれている。

 コーチとしては、「パッケージング」「マネージング」「モチベーティング」の3つのテーマを重視しているという。チームの中のコーチ同士の役割分担についても説明している。ISU(国際スケート連盟)の採点ルール変更へも常に注意を払うし、メディアとの関係や、ソーシャルネットとの付き合い方にも配慮している。

 本書を読みながら、このコーチが短期間に世界から注目を集め、多くの選手が教えを求めるようになった理由の一端がわかった気がした。

 まず、人柄が素晴らしい。謙虚で、全ての選手や関係者に敬意を払う。コミュニケーションを大切にし、選手ひとりひとりの個性を尊重し、観察し、各自に合った指導を行う。その一方で、基本であるスケーティング技術を重視し、それぞれの技術やクセを見つけながら、4回転に挑戦する前にスケーティング技術を徹底的に教えるという方法を堅持する。

 タイプの異なるフェルナンデスと羽生選手をいつも対等に扱っているというのは、日本向けの本でありながら、最初の対談以外は必ずしも羽生選手のことばかり突出して書かれているわけではないこの本の内容からも察することができる。

 また、選手たちだけではない。チーム・ブライアンを構成するコーチたちは20人以上もいるのに、8年間で一人も辞めていないという。

 あの羽生選手のコーチということで手に取った本だったが、この名コーチがスケートの世界のケーススタディを交えて語るコーチングのポイントには、人を教えたり指導したりする立場の人にとって参考になることがいろいろ含まれていると思った

 

 単行本、258ページ、講談社、2014/11/21

チーム・ブライアン

チーム・ブライアン