密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

ヒトはなぜ難産なのか――お産からみる人類進化

著:奈良 貴史

 

 全ての哺乳類の中で、ヒトは飛びぬけて難産である。遺伝的に近いサルやゴリラやチンパンジーでも、このように難産ではない。本書は、その理由を、生物学的に探り、同時に文化的な側面からヒトの出産の歴史や風習について軽く紹介している本である。

 ヒトが 難産になった理由は、二足歩行と脳が大きくなったことの2つに尽きる。そして、脊柱がS字に曲がっている影響で産道も曲がりくねって形が変化して通りにくくなっている。しかも、産道の幅に比べて頭が大きいので胎児は姿勢を変えながらようやく出口に到達する必要がある。


 ただし、ヒトは難産に対応するために、理論的に必要な妊娠期間に比べて早産になっている。他の哺乳類と同じ成長段階になってから出産すると仮定した場合、ヒトの妊娠期間は本来21ヶ月を要し、新生児の体重は9kgで頭囲も30%大きい計算になるという。

 さらに、頭蓋骨が噛み合わずに膜でつながっているために、胎児は母親の産道を通り抜けるときに頭の形を変化させてその幅を4cmも小さくできる。ちなみにヒトの胎児の体脂肪率は20%と、チンパンジーの新生児の4%と比べてかなり多くて肥満体である。

 また、ヒトの胎盤は他の動物と違って男女で形が違い、女性は出産に向いた形になっている。そして、関係する靭帯を緩ませることもできるようになっている。

 それに加えて、ヒトは社会的な生き物であり、集団の中で介助者によって出産を助けるようになった。実際にそのような習慣は昔から世界的に普通にみられるという。

 江戸時代までの日本の出産は、立位か座位が普通だったというのは知らなかった。これは世界的にも普通のことで、ヨーロッパではそのための座椅子もあったという。妊婦の側からすると、産み落とすときに重力を利用できるので、意外に合理的な方法らしい。

 ヒト以外の哺乳類の出産はヒトよりずっと簡単なのだが、人間による改良によって顔が大きくなってしまったブルドックや、足を長くされたサラブレッドは、難産になってしまったという。


 こうしてみていくと、ヒトが難産なのはあくまでも生物学的な理由によるものであることがわかる。昔から出産は危険なものであり、一部の人が唱えているような、難産は近代医学のせいだとかいうのは的外れな主張であることがわかる。同時に、ヒトは難産に対応するための進化もきちんと遂げており、本書を読む限り、帝王切開などの方法はそれなりのリスクが伴うものであって、安産が見込める場合にはむやみにやるものではないというのは一定の道理性があるとわかった。

 

単行本、128ページ、岩波書店、2012/9/7

 

ヒトはなぜ難産なのか――お産からみる人類進化 (岩波科学ライブラリー)

ヒトはなぜ難産なのか――お産からみる人類進化 (岩波科学ライブラリー)

  • 作者: 奈良貴史
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2012/09/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)