密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

戦争調査会 幻の政府文書を読み解く

著:井上 寿一

 

 この本は、2016年に公刊されるまで、国立公文書館国立国会図書館憲政資料室で眠っていた「戦争調査会」の全15巻の資料に基づき、関連する情報を補った上で書かれた本である。

 

 「戦争調査会」は終戦後に幣原喜重郎首相が企画・設立したプロジェクトである。5つの部会が作られ、元軍人を含むメンバーによって40回以上もの会議や関係者へのインタビューが行われた。多くの対立や見解の相違がありながらも、内容は当時からかなりオープンにされており、新聞にも多く取り上げられていたようだ。参加メンバーも、開戦直前までルーズベルト大統領と交渉を行っていた野村吉三郎元駐米大使、元憲兵司令官の飯村壌陸軍中将、三菱財閥の最後の社長だった山室宗文、元技術院総裁の八木秀次など、政治家、企業家、学者、元軍人、元外交官、技術関係者と幅広い人々がかかわっている。尚、5つの部会は以下のように分かれている。

 

第1部会 政治外交

第2部会 軍事

第3部会 財政政治

第4部会 思想文化

第5部会 科学技術

 

 しかし、当初から日本側が懸念していたように、東京裁判を進めていた連合国側において、特に「対日調査会」のメンバーのソ連が問題視したことでこのプロジェクトは結果的に途中解散に追い込まれてしまった。その後、民間財団での継承が模索されたが、GHQ側が財団法人「平和建設所」の設立を許可しなかった。残された資料も書庫に眠ることになった。

 

 結論から書くなら、戦争前後についていろいろ学び調べたことがある人なら、意外に思われるようなことはそれほど書かれているわけではない。個人的には、戦争の労働力不足によってかえって農村の機械化が進んだ、というようなデータはこの本で初めてみたが、そういったものが時々ある程度であった。あの敗戦に至るまでのプロセスは複雑で、もしかしたらここでこうしておれば防げたかもしれない、あるいはその遠因までたどるとかなり古くまでさかのぼれるかもしれない、という主張や議論が当時からいろいろあったことを再確認できるというだけのことかもしれない。

                                                                                                               

 ただ、それでも、実際にあの戦争の時代をそれぞれの立場で経験し、当事者でさえあった人々が行っていた声を断片的ながらもこの本を通じて確認できたことについては、それなりに意味はあったと思った。また、時々日本は自主的に自らの戦争責任を追及しなかったということが言われるが、そのような批判は適切ではないな、と思った。この本を読む限り、連合軍に占領され監視され、連合軍主体の東京裁判が進むような当時の事情では、そこから独立して純粋に日本人の手であの戦争についてきちんと整理しなおして裁くというのはけして簡単なことではなかったし、それでもあえてそれに近いことをやろうとしたこの「戦争調査会」も結局は解散に追い込まれてしまっているからだ。

 

 「戦争調査会」自体が途中解散となってしまって、その点で資料自体も未完であるといえることと強く関係していると思われるが、直接資料に書かれているわけではない著者の説明部分が結構多く、その点ではちょっと期待とは違った。ただ、あの戦争について、また考えさせられる機会にはなった。

 

目次
第1章 戦争調査会の始動
第2章 戦争調査会は何を調査するのか?
第3章 戦争回避の可能性を求めて
第4章 未完の国家プロジェクト
第5章 戦争の起源
第6章 戦争と平和のあいだ
第7章 日中戦争から日米開戦へ
第8章 戦争の現実

 

新書、264ページ、講談社2017/11/15