密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

「偶然」と「運」の科学

著:マイケル・ブルックス、訳:水谷 淳

この宇宙で偶然が果たしている役割を否定することはできない。突き詰めると、偶然は物理法則のもっとも基本的なプロセスであるらしいのだ。(本書より)

 

 偶然は、いつでも、どこにでもある。人は、世の中や自分に起きたすべてが、あらかじめ決まっていたかのように思ってしまうときがある。しかし、どんなに優れた科学者でも、これから投げるコインが落下したとき裏と表のどちらが上になるかを100%正確に当てることはできない。一方、パーティで出会った2人が同じ誕生日だと知って驚きを感じる時には、統計学的には部屋に23人以上いれば半分以上の確率で誰かと誰かの誕生日が同じになるということを思い出した方がいい。

 

 偶然と運は科学の基本法則と密接な関係がある。宇宙の誕生。生命の進化。賭け事。じゃんけん。ランダム性。ベイズ統計。完全な自由意志の矛盾。カオス的挙動と非カオス的挙動。決定論と予測可能性。量子論。エピジェネティック。ランダムなノイズ。乱数。自然界が好む特定の数や数列。明解で単純に思える初等整数論においても、ディオファントス方程式の問題のような白か黒かではなくランダムでグレーな答えを持つものが存在する。本書は、運とか偶然が単なる驚きではなく、自然界や宇宙を形づくる上でのもっとも基本的でありきたりな法則に関係していることを、様々な角度から説明する。特に、生物の進化における偶然の役割については、多くのページを割いて複数の主張を紹介しながら掘り下げている。

 

 一方、黄金比、フィボナッチ数列、べンフォードの法則など、運や偶然や揺らぎにも、一定の規則性が現れる場合があることも紹介されている。また、人間は、それが実際は単なる偶然や運であったとしても、そこに何らかの規則性や必然性や意味を見出したがる傾向がある。そして、そのような本能的な性質は、たとえ科学法則の点からは正しい判断とはいえなくとも、生存において欠かせない能力として機能してきた可能性があり、時には希望すらもたらしてきた。逆にギャンブル産業は、そのような人間の本能をうまく利用してカネを巻き上げている面があるようだ。

 

 複数の科学者やサイエンス・ライターが役割を分担して書いている。編集者によって一定の統一感は保たれているが、テーマ別に読み切りになっている。翻訳ものによくあるくどさはあるが、科学的な読みものとして興味深くまとめられている。不確実性はやっかいな問題でもあるが、未来を完全に予想できないことは不幸なことだとも言い切れない。それほど科学的に深い内容とは言えないが、量子の不確定性に支配され、カオスによってゆがめられ、ベイズ統計に悩まされることが、我々が生きている世界の本質的な特徴に関連することとその意味を、深く考えさせてくれる本である。

 

目次

1. ここにいることの幸運
2. 偶然VS脳
3. 数を噛み砕く
4. 私の宇宙、私の法則
5. 生物のカジノ
6. 偶然を生かす

 

単行本、272ページ、SBクリエイティブ 、2016/9/7)

「偶然」と「運」の科学

「偶然」と「運」の科学

  • 作者: マイケル・ブルックス,Michael Brooks
  • 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
  • 発売日: 2016/09/07
  • メディア: 単行本