密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。過去に別名でAmazonのレビュー欄に掲載したものとそちらには未掲載のものがあり、後者は「Amazonレビュー欄未掲載」タグをつけてあります。

クラシック名曲の条件 (講談社学術文庫)

著:諸井 誠

 

「名曲」をテーマにしたクラシック音楽のエッセイ集である。モーツァルト、ベートーヴェンからマーラーまでの作曲家の代表曲を取り上げながら、なぜそれらが名曲と広く認められているのかを楽曲面を中心に考察している。

 

1. プロローグ モーツァルトに「名曲」を求めて

モーツァルトはおびただしい数の作品を作ったが、名曲と呼べるものは必ずしも多いわけではない、としている。

 

2.英雄の条件 ―― <英雄交響曲>と<英雄の生涯>

ベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調「英雄」と、Rシュトラウスの「英雄の生涯」については、かつての名指揮者フルトヴェングラーの「偉大さはすべて単純である」という言葉を引用し、巨大でありながら単純であり、把握しやすい明確な全体像がある点をポイントとして指摘している。

 

3.名曲が認められるまで―― チャイコフスキーの二大協奏曲

チャイコフスキーは見事な旋律の名曲をたくさん残したが、ここでは非常に有名なピアノ協奏曲第1番変ロ短調と、バイオリン協奏曲ニ長調を取り上げている。この2曲の名曲はどちらも献呈される予定だったニコライ・ルビンシュタイン及びレオポルド・アウアーから「演奏不可能」と酷評された曲である。

ここでは、「人間の心にかかわりのないものは何一つとして霊感の泉たり得ない」というチャイコフスキーの述べた言葉を引き合いに出し、力強さと繊細さが表裏一体となり、構築性に感情の機敏が浸透しているチャイコフスキーの作曲家としての強みがよく発揮された作品として変ロ短調のピアノ協奏曲をとらえている。また、バイオリン協奏曲については、ニ長調がバイオリンがもっともよく鳴るキーであることを指摘すると同時に、ピアノ協奏曲第1番との共通点として、慣習から外れた奏法・楽句・和声感覚・リズム感が、当初の奏者を戸惑わせる原因となり、またそれらの特徴がゆるぎない名曲の座を獲得することにつながったことを指摘している。

 

4.編曲の魅力を捉える ――ドビュッシーとラヴェル

クラシック音楽の歴史に残る大作曲家には、編曲者としてもすぐれた手腕を持っていた人がいることを指摘し、クラシック音楽の分野でよりはっきりと市民権を得た20世紀は、ジャズやロックが市民権を得た時代でもあったことと重ね合わせながら、編曲について語っている。


5.≪雨だれ≫の構造 ――ショパンの省略法について

ショパンは情緒に訴えるピアノ作品をたくさん残したが、ここでは「雨だれ」について詳細な分析を行っている。そして、計算がまったく表に出ないくらい巧妙に洗練を極めたバランス感覚で、膨張と省略法が駆使されていることを解き明かしている。


6.<指環>の構図 ――ヴァーグナーのライトモチーフとは…

「ジークフリートの牧歌」を糸口に、「ニーベルングの指環」について迫っている。特に4部構成について以下のようにソナタ形式の4部構成としてみなしてもよいかもしれないという説はユニークであり、それがどこまで正しいかどうかはともかく、巨大でありながら堅牢な構成で築かれていることが、この巨大な作品群が名曲となっている理由だとしている。

前夜祭:「ラインの黄金」→序奏部

第1夜:「ヴァルキューレ」→提示部

第2夜:「ジークフリート」→展開部

第3夜:「神々の黄昏」→再現部と終止的展開部

 

7.≪トロイメライ≫をめぐって ――情緒か、構造か

シューマンの有名な小品に関して、アルバン・ベルクの分析に触れながら、知と情の対立を軸に、解説を試みている。


8.改作の意味を探る ――ブルックナーの交響曲をめぐって

ブルックナーは、何度も作品の改訂を行っている。ここではブルックナーを得意とした指揮者としても有名なフルトヴェングラーが語った言葉を取り上げながら、ハース版、ノヴァーク版について触れ、ブルックナーに関して本当の専門家の登場が待たれるとしている。


9.三つの未完成交響曲 ――シューベルト-ブルックナー ―マーラー

シューベルトのロ短調未完成交響曲、最終楽章が欠けているブルックナーの交響曲第9番ニ短調、ブルックナーの交響曲第9番、第1楽章しか完成していないマーラーの交響曲第10番の3つの未完成交響曲を取り上げている。完結していることは名曲の絶対条件ではなく、完成図を想像するという楽しみ方もあることに言及している。


10.形式のコンプレックス ――<第九交響曲>を解剖する

声楽の入るフィナーレと、その前の3つの楽章を、協奏曲の2重提示部になぞらえて、比較対照を行っている。そして、第1主題をニ短調、第2主題をニ長調と、あえて同主調に固定することによって筋の通った単純さを作り出し、さらに展開部に変ロ長調を使っていることが個性的な名曲につながっていることを指摘している。

 

11.エピローグ ――マーラー「復活の歌」

ベートーベンの第9番を継承しているかのような声楽付きの大きな交響曲である交響曲第2番ハ短調について取り上げ、ベートーヴェンの器に世紀末の美酒を注ぎ込んだ、としている。


著者の諸井誠氏は、作曲家・音楽評論家として有名である。特に、音楽評論家としては、スコアの分析とリンクさせた点で特徴があった。オリジナルはかなり古い本で、クラシック音楽ファン以外には、正直、それほど読む意味がある本とは思えないし、分野が分野だけに多分に主観的な意見もあるが、これはこれで興味深く読めた。

 

文庫、224ページ、講談社、2019/11/13

 

クラシック名曲の条件 (講談社学術文庫)

クラシック名曲の条件 (講談社学術文庫)

  • 作者:諸井 誠
  • 発売日: 2019/11/13
  • メディア: 文庫