密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

鉄の棺―最後の日本潜水艦

著:齋藤 寛

 

「魚雷という奴は、普通の人は、ボタンを押せばどんどん簡単に飛び出していくもんだと思っているんですからね。...魚雷は精密兵器なんですよ。ちょっとでも狂っていれば駄目なんです。あいつを手掛けていると生き物って感じですね」。


 ノンフィクション。敗色が濃厚となってきた太平洋戦争終盤の昭和19年8月から伊号第56潜水艦で勤務した軍医が残した記録である。戦後、3度も映画化されたという。それだけのことはある。壮絶な内容だ。

 レーダを駆使した質量共に圧倒的な米海軍の警戒網に侵入して行う作戦行動。なんといっても、敵駆逐艦に取り囲まれ、連日続く攻撃にひたすら耐えたときの潜航の様子が物凄い。

 位置を変え深度を変え、何百発もしつように投下されて爆発する爆雷。どんどん薄くなってゆく艦内の酸素。増えてゆく一酸化炭素。上昇する艦内温度。ポンプを動かすと聴音で位置がわかってしまうから水の補給もままならない。

 ダメかもしれないという気持ちをこらえつつ、乗員たちは耐えに耐える。敵艦は頭上を何度も交替し、50時間を越えてもそのスクリュー音は消えず、追撃と攻撃は止まない。


 階級を超え、艦長を中心に乗員同士の絶対的な信頼感が高まってゆく。また、そうなっていかないと潜水艦は生き残れない。

 著者は配属されてすぐに、艦内のねずみ退治を提案したが、古株の乗員にやんわりと反対される。やっとの思いで敵艦の追撃を逃れて浮上したとき、著者はその理由を理解する。新鮮な空気を思いっきり吸っていたら、同じ艦内で乗組員とともに爆雷攻撃を耐えきった5匹のねずみたちが寄り添って一緒に外気を吸っていたからだ。

 

 過酷な勤務を強いられるため、潜水艦員の待遇は良い。様々な物資が不足する中でも、潜水艦の乗組員には酒や羊羹などが優先的に配分されていた様子が描かれている。

 しかし、日本海軍の潜水艦の帰還率は低い。著者の潜校時代の同期たちは次々未帰還となってゆく。過酷な鉄の棺の中で、著者は自分が生きていることが不思議だったという感想を述べている。

 

 特に捷1号作戦以降は、連合艦隊の通常の水上艦は制空権がないところへ燃料不足も加わって作戦行動がまずます難しくなり、隠密行動が可能な潜水艦への期待が高まる。

 そこへ、人間魚雷回天を載せて敵地を攻撃する任務が加わる。命がけの特攻を覚悟する4人の回天の搭乗員たちに、いざという時の青酸カリをどのように声をかけて渡すべきか著者は人知れず悩む。夜間視力倍増用の注射薬も用意される。

 艦長と機関長らに続き、著者は昭和20年3月に伊56号からの転勤を命じられる。この潜水艦が沖縄作戦で米軍の攻撃で沈んだのはその翌月だという。「今なお、珊瑚の海深く鉄の棺の中に眠る、潜水艦乗員の霊に心より哀悼の意を表する」と書かれたあとがきの言葉が、重い余韻を残す。迫真のドキュメンタリーである。

 

文庫、323ページ、潮書房光人新社、2012/11/1

鉄の棺―最後の日本潜水艦 (光人社NF文庫)

鉄の棺―最後の日本潜水艦 (光人社NF文庫)

  • 作者: 齋藤寛
  • 出版社/メーカー: 潮書房光人新社
  • 発売日: 2012/11/01
  • メディア: 文庫
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