密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

哲学者カントの知見。「永遠平和のために」

著:イマヌエル・カント、訳:池内 紀

 

「隣り合った人々が平和に暮らしているのは、人間にとってじつは『自然な状態』ではない。戦争状態、つまり敵意がむき出しというのではないが、いつも敵意で脅かされているのが『自然な状態』である。だからこそ平和状態を根付かせなくてはならない」


 ドイツの哲学者イマヌエル・カント(1724-1804)の「永遠平和のために」を、手に取りやすい形にした薄い本である。

 まず、最初の50ページは、いくつかの印象的な言葉を選んで日本の3人の写真家の桜や原爆ドームの作品に並べて大きく掲げてある。カントの意図にどれだけ沿ったものかは議論が分かれるところだろうが、この前半部分は、まるで絵本のような編集となっている。このような編集に対して賛否があるのはわかる気がするが、普段あまり本を読むことのない人にも少しでも手に取ってもらいやすくするにはある程度仕方のない工夫ではないかと思う。

 後半部分は、「永遠平和のために」の本文をわかりやすく訳した全訳となっており、引き続いて補説と付録が抄訳の形で収められている。最後には訳者の解説もある。

 時代や環境や背景の違いによって生じることについては、読み手が冷静に考慮した上で目を通す必要があるだろう。

 ただ、現代に通じる部分もいろいろある。何より、カントは、「永遠平和」という状態を、手に手をとってみんな仲良しになれば実現する、というように言っているわけではない点を強調しておきたい。

 きわめて現実的に人間の利己的な側面を直視し、宗教や言語などによって民族が分かれてしまうことも自然なこととして受け止めた上で、平和を築くためにはどうすればよいかについての自らの考えを哲学者としての述べている。例えば、「利己的な力が相互に拮抗するとき、おのずと双方の破壊作用も押しとどめるというような見解は、ある意味、抑止論的とも受け取れなくもない。

 また、常備軍の廃止を提唱する一方で、自衛のために一般の国民が武器を持って期間を定めて訓練して備えることについては明快に認めている。

 そして、法を主権とする国際的な永遠平和が成立する前提となっているのは国家が「人間の法に適合した唯一の体制」である「共和制」であることであり、国際法が成り立つ条件としてはそのような国々による「法的状態が存在していること」になっている。

 このように、この本はこうすれば世界平和が必ず実現するという夢想家的・楽観的なトーンのものではない。あくまでも哲学的な思考の上で、「実践の方向」というある種のビジョンを示したものであり、「要はわれわれが、この目的に向けて努力するかどうかなのだ」というものになっている。

 個人的には、この本では抄訳となっている補説と付録の方も完訳版を読んでみたいと思ったので、古くからある別の版も注文して読んだ。

 

単行本、120ページ、集英社、2015/6/26

永遠平和のために

永遠平和のために

  • 作者: イマヌエル・カント,池内紀
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/06/26
  • メディア: 単行本