密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

知られざる皇室外交

著:西川 恵

 

「訪日した外国の首脳が日本を理解するとき、皇室を通して日本人や日本という国の像 を自分の内に結ぶことを、私たち日本人はもっと知っていい。とくに体制の変転で中断 したり、再興した欧州の王室と異なり、皇室は世界でも稀有の長い伝統を持つ。皇室が日本人の精神を表していると外国の首脳が見るのは当然のことでもある」。

 

 皇室は日本にとって最大の外交資産である、と著者は述べている。例えば、アメリカのオバマ前大統領は2014年の訪日時に首相官邸での恒例の歓迎昼食会を断った。しかし、天皇陛下との行事についてはおろそかにしなかった。2009年の来日時には腰を90度に折り曲げて挨拶したため米国内で批判されたほどだった。もともとは日本に対して明確なイメージを持っていなかったフランスのミッテラン元大統領が日本びいきとなった背景にも訪日時の皇室との良好な関係が一役かっているようだ。

 

 メディアでは「天皇皇后両陛下がXXとお会いになられた」「XXをご訪問された」といった形でしか紹介されないことが多い、皇室と海外からの訪問者との対面や晩さん会あるいは天皇皇后両陛下が各国を訪問される場合の外交的な意義について、具体なエピソードを数多く紹介しながら説明した本である。

 昭和天皇のことも少なくないが、特に、この本が書かれたときにはまだ天皇だった今上天皇・皇后の皇太子・皇太子妃時代からの話が中心になっている。

 

 戦後の天皇には政治的な権限は無いが、世界からは日本の元首としてみなされている。首相は元首ではないからだ。

 また、天皇は大統領や総理大臣より在任期間が長いため、長期間にわたって日本国の顔として各国と関係を維持することが可能であることも強みである。

 よって、天皇は政治的な交渉は行わないものの、日本を代表して高い品格とふるまいによって世界の外交の舞台で友好的な人間的なつながりを築き、日本の国家としてのイメージを改善または維持する役割を担ってきた。

 

 特に、第二次世界大戦によって悪化した世界の国々の日本に対する国民感情の改善においては、天皇が訪問するというイベントによって受け入れ先と多くの調整が行われ、双方の代表が節目となる声明を出したり、相手国の国民感情にひと区切りつけることに役立ってきたことは注目に値する。

 本書では、特に日本軍の捕虜になった人々が多くいるイギリスとオランダについて、日本への賠償要求運動への対応など国同士でどのような努力と事前の根回しと相手国の王室との交流が行われたのかということが詳しくに解説されている。日米の戦場となって多くの人々が亡くなったフィリピンにおいても同様である。

 

 皇室外交は、象徴天皇の制約と政治利用のバランスの中に立っている。中国では、天安門事件による国際的な孤立を少しでも緩和するために日本の天皇の訪問を日本側に切望し、実現したということもあった。

 フランスもサルコジ大統領時代は中国重視路線だったのがオランド大統領になって方針が切り替わり、訪日時に夜・昼・夜と3連続のもてなしが行われた。本書では、この時に同席した事実婚の相手のヴァレリー氏に行ったインタビューが掲載されている。

 日本とインドは21世紀に入って友好関係を本格的に緊密させる動きとなったが、この流れの中で、2013年にはすでに高齢だった天皇皇后の53年ぶりのインド訪問が実現している。

 

 日本の皇室は海外の王室と比べても異なった特徴がある。なんといっても、歴史が長い。これに匹敵するのは世界ではローマ法王くらいである。この伝統と歴史的な重みは何ものにも代えがたい。

 また、国によって待遇に大きな差をつけず、身分や立場の違いにかかわらず誰に対しても公平・平等で最高のおもてなしをもって接することを基本としている。

 加えて、世界にはお酒を飲まない国、乾杯はしない国、肉は食べない人が多い国といろいろな国があるが、日本はフランスなどと違ってなるべく相手国の習慣にも敬意を払ったおもてなしに努めているようだ。

 皇室はフランス料理を基本とするが、晩さん会に欠かせない料理のメニューやワインについても適時紹介されている。また、天皇皇后両陛下の心情をうかがうものとして短歌に注目して節目節目のものを紹介している。

 

「究極のところ皇室外交は天皇、皇后の人間力に負っていると言っていいだろう。両陛下の振る舞いが訪問国の人びとの間に日本のよきイメージを浸透させ、これが国と国の友好的な雰囲気を醸成する」。

 

 今上天皇・皇后の強い希望を反映してがおこなわれた沖縄・硫黄島・サイパン・パラオ・フィリピンを訪問したときのことも書かれている。

 今上天皇は幼少の頃は大日本帝国陸海軍の大元帥となるための教育を受けていたし、父親の昭和天皇の時代の痛ましい戦争への癒しに対する強い思いがあったことは当時も強く感じたが、本書では両陛下の具体的な行動を通じて慰霊の旅の軌跡をたどっている。

 1953年のエリザベス女王戴冠式に皇太子が招かれ、終戦直後の反日感情が渦巻く欧米諸国を14か国歴訪したことが、戦後の新しい国作りの中での現代の皇室外交のモデル作りになったことも示唆されている。

 随行員の構成や経費の支出、会見設定、事前の根回しの手順、法的根拠がこのときに整備された。船便と列車を使っての長期間の旅における皇太子の意気込みもかなりのもので、抑留されていたカナダの日系人たちが極寒の朝に皇太子が乗った列車のわずかな停車時間のために駅に集まって歌った君が代を、皇太子が自らホームに降り立って直立不動で聴いていた話などが紹介されている。

 

 長年の取材に基づき、戦後の皇室の外交の歩みと外交資産としての重要さを解説した大変良質な本だった。元経産省官僚で外交官の家に育った外国語堪能な雅子皇后を擁する令和の皇室にも期待したい。

 

新書、304ページ、KADOKAWA、2016/10/10

知られざる皇室外交 (角川新書)

知られざる皇室外交 (角川新書)

  • 作者: 西川恵
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2016/10/10
  • メディア: 新書