密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。過去に別名でAmazonのレビュー欄に掲載したものとそちらには未掲載のものがあり、後者は「Amazonレビュー欄未掲載」タグをつけてあります。

2018年ノーベル賞受賞の本庶佑氏が、がん免疫治療について2016年の京都賞受賞時に行った講演録や、2014年の対談他をまとめた本。『生命科学の未来 〔がん免疫治療と獲得免疫〕』

著:本庶 佑、対談:川勝 平太

 

「2016年3月に発表された『New Science』という英国の科学雑誌の記者が、『我々は今、がんにおけるペニシリンの発見というべき時期にいる』と述べています。ペニシリンは全ての感染症を治したわけではないが、それに続く一連の抗生物質の発見によって医学に大変革をもたらし、以前は致死的であった感染症がほとんど消滅したとうことにたとえたものであります」。

 

「がん肥料の未来についての私の予想は、第一にPD-1阻害薬を中心とした免疫治療の有効性が高まる、第二に全てのがんは免疫力で基本的に治療できる、第三にがん腫瘍が完全に消滅しなくても大きくならない状態が続くこともある、第四にがんは一種の慢性疾患となりコントロールできる時代になるでしょう」。

 

 がん免疫療法の道を開き2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏は、その卓越した業績によってノーベル賞を取る以前から研究者として有名であり、コッホ賞(2012年)、文化勲章(2013年)、京都賞(2016年)とたくさんの賞をとってきた。よってノーベル賞受賞によって一般に有名になる以前から講演録などが存在しており、この本は、それらの中から以下の3本を中心にして構成したものである。

 

・2016年の第32回京都賞受賞時の講演録

・2007年の「幸福の生物学」の講演録

・2014年の生命科学に関する川勝平太氏との対談

 

 巻頭部分では、「ノーベル生理学・医学賞にあたって」という本庶氏の序章が加えられている。PD-1発見の道のりについては、京都賞受賞時の講演録に詳しく掲載されている。

 

 「幸福の生物学」では、幸福感の生物学的な基本は欲求を満たして快感を得ることだが、これは麻痺する可能性がある。不安除去型の幸福感の方はそうではなく、突き詰めると宗教的な悟りに近い。突き詰めると永続的な幸福感の道のりは「安らぎと時折の快感刺激」になる、としている。

 

「私の開発した薬で、さっき知事がお話しになったPD-1抗体は、抗がん剤として、今、非常に有望で、まもなく市場に出ることになっていますが、私が最初に分子を発見したのは1992年です。これが、がんに効くらしいということをネズミで証明したのが2002年で、10年かかっています。さらにネズミからヒトの臨床に至るまで、10年。最初の発見から20年かかっています。…(中略)…医学的な研究は長い目で見て、本当に基礎的なことから思いがけない大きな発見が出る、そういうことを考えていかなければならないということです」。

 

川勝平太氏との対談はもっともページ数が多い。しかし、どうも川勝氏が喋りすぎで、本来ゲストである筈の本庶氏が聞き役になっているところが多い。

 ただ、その中でも、本庶氏の重要な業績として、がん免疫抗体の発見だけでなく、1976年に遺伝子が自ら変わりながら抗体を作り出す仕組みを発見している点に焦点を当てている点は光っている。遺伝子の突然変異を免疫系で最初に見つけたのは、たんぱく質からの証明としては米国のM.コーエン氏、DNAでは利根川氏だが、成熟後にも抗原刺激によって遺伝子が変わる仕組みを解明したのが本庶氏になる。どの抗原に対しても対応できるように、ランダムな遺伝子変化が一挙に発生し、その中から最適なものが選択される、なのでインフルエンザにかかってもインフルエンザに対する抗体が体内で作られる。

 

 また、PD-1のような発表された当初から注目を浴びた研究成果ですら、治療薬として世に出るまでに20年かかっていることを例に例えながら、基礎研究において早急な成果を求めるやり方は本質的に無理があるし、それでは研究者は手っ取り早く成果が出る目先のものにしか目がいかなくなると警鐘を鳴らしている。生物学と物理・化学との違いや意義についても説明されている。

 

 あくまでも過去の講演録や対談を寄せ集めたもので統一感があるわけではないが、既にノーベル賞受賞につながる研究成果で世界的に有名になってからのものが中心であるため、本庶氏の業績がどのようなものでどのような意味があるのかを、本人の説明によって理解できるという点で意義がある。また、本庶氏が生命科学の科学者である知見に基づき、生物学の意義ひいては宗教や生命や人間に対してどのような考え方を持っているかについてもその片鱗に触れられる。

 

単行本、240ページ、藤原書店、2018/12/5

生命科学の未来 〔がん免疫治療と獲得免疫〕

生命科学の未来 〔がん免疫治療と獲得免疫〕

  • 作者: 本庶佑
  • 出版社/メーカー: 藤原書店
  • 発売日: 2018/12/05
  • メディア: 単行本