密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

千年、働いてきました: 老舗企業大国ニッポン

著:野村 進

 

 以前、新書で出版されていたものを加筆修正して文庫にして再出版された本である。内容は面白い。着眼点がいい。一気に読んだ。日本にはそう大きくなくても、世界に誇れる独自の技術力を持っている会社がたくさんあるが、本書はその中から100年以上の歴史を持つ企業に焦点を当てて紹介している。

 

 アジアには、100年以上の歴史を持つ企業はとても少ない。多くの国が植民地になったり、中国のように共産主義国になったりしている歴史があることがまず大きい。実際、中国には200年以上の歴史を持つ会社は2009年時点で9社しかないが、それより歴史の浅いアメリカには14社ある。

 ただ、著者によると、歴史の長いヨーロッパでもそれほど多くはなく、稼業経営200年以上の会社のみ加入を許される「エノキアン協会」の最古の企業は1369年創業のイタリアのトリーニ・フィレンツェ社である。しかし、日本にはそれより古い歴史を持つ会社が100社以上もあるという。


 この本で特に印象に残ったことは、「伝統は革新の連続」というキーワードである。実際、本書に出ている老舗企業の多くは、単純に昔ながらの商売をかたくなに同じやり方で守っているというというより、受け継がれてきたコア・コンピテンスを大切にしながら時代に合わせてそれをうまく新たなイノベーションにつなげていることが良くわかる。

 また、著者によると、この国には職人を尊ぶ気風があり、それは同じアジアでも、商人文化の中国とは対極であるとされている。それに加えて、日本は「削る文化」であり、無駄を排除して徹底的に本質を突き詰めようとする気質がある。一方、それ以外のアジアの国は「重ねる文化」であり、インドや中国のように豪華な装飾で重ねたがる傾向が強い。つまり、老舗企業の強みには、特定の企業の話ということにとどまらない、日本文化に共通する伝統的な価値観がある。

 

 

 巻末には、著者と大学の名誉教授との雑誌での対談記事が、加筆の上、掲載されている。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の近江商人の商人道の深み、「先輩の背中を見て育つ」「仕事の目標になる人がいる」という人材育成の環境の重要性が職場を通じた人生設計を可能にしている、というようなことが書かれている。

 また、老舗では、「適応力」「許容力」「本業力」が重要であるとしている。例えば、日本では養子制度を使って優秀な人材に稼業を継がせ、「三代目の養子」「息子は選べないが、婿は選べる」という格言がある。華僑は血族主義で、このように日本で長く続いてきた血縁でなくても養子を家を支える柱として取り込んできた文化ではない。著者は、「老舗の逆境を乗り切る知恵を、皆さん、もっと信じていいのではないでしょうか」と結んでいる。

 

  米国にはイノベーションに関して考察した優れた著作がたくさんあるが、本書の事例はそのようなビジネススクール向けの研究対象としても興味深いケーススタディになるだろう。クリステンセンやポーターや故ドラッカーなら、これらの企業の強さの秘訣や背景をどのように分析するだろうか。少し知りたい気もした。

 

 内容はとても良いし、いろいろ考えさせてくれる。それに加え、この文庫版はお安いので、一読をお勧めしたい。ただ、本書のタイトルの「千年、働いてきました」というのは、実際はただ1社だけである。ある程度印税を稼ぐことを意識しなければならないことは理解するが、誇張し過ぎない適切なタイトルは他にもある筈だ。

 

文庫、270ページ、新潮社、2018/7/28

千年、働いてきました: 老舗企業大国ニッポン (新潮文庫)

千年、働いてきました: 老舗企業大国ニッポン (新潮文庫)

  • 作者: 野村進
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/07/28
  • メディア: 文庫